『週刊文春』によると年々不登校児は増えていて、今や全国で15万人が不登校になっているらしい。学校に行かない―と云う子は、私の小中学校時代では極めて稀であって、世間から「白い眼」で見られたものだ。かくいう私もその一人であって、半年ほど学校に通わない時期があった。学校に通わず何をしていたのかと云うと、私の場合は独りで遊んで時間をつぶしていた。まあ多分、今の不登校児たちと、それほど変わりはない。ちなみに私は10代半ばでリストカットもしているし、小学校時代「イジメ」にもあっているし、給食費を払わないと云うことで、クラス全員の前でこっぴどく叱られたこともある。
要するに、現代の教育現場が抱えるような問題の多くを何十年も前に体験している。もっとも給食費の未払いなどは、あくまでも我が家の経済状況がそれを許さなかっただけであって、意図的に未払いだったわけではない。しかも、そのことによって私はクラス全員の前で、担任教師からこっぴどく叱られているのだ。イジメのときだって、教師は私をかばいなどしなかった。学生帽をむしり取られて小川に流された時も、母親は教師に詰め寄ったが、教師は私の方が悪いと云わんばかりの態度で不貞腐れていたものだ。つまりはそういう時代であった。
考えてみれば私も強くなったものだ。それに考えようによっては、随分と人よりも先を歩んでいたものだ。リストカットだって、まだ誰も行っていないような時代に行っていたのである。別に自慢することでもないが…。ただ、だから私には不登校児の気持ちも、苛められっ子の気持ちも、リストカットする子の気持ちも…それなりに解かる部分がある。綾小路きみまろではないが「あれから何十年…」で、繊細で傷つきやすい神経はどこへ行ったのか。そういえば最近見たTVドラマの「ラストフレンズ」は性同一障害を扱ったドラマだが、登場人物たちがいずれも「繊細で傷つきやすい」性質を持っていることが、私には納得いかなかった。もっと図太い人間も登場させないと、本当に問題提起するドラマにはならない。
それはともかく『週刊文春』の取材の中で、答えている中1女子不登校児の言葉は注目すべきだ。「一緒に喋るコたちも本音はメールでしか云って来ない。学校の関連サイトや友達のプロフを毎日隅々までチェックして、誰が誰の悪口を云ってるのか、ここに書かれているのは自分じゃないのか、と考えだしたら誰も信じられなくなって、何が何だかわからないけど、学校のことを考えるだけで吐き気がするようになった」まさに現代日本の都会中学生の実体のようなものがここにある。何かが狂い始めているのだ。
私は小中学生たちに強い影響を与える存在として、近年TVのあらゆる分野に進出し始めた「お笑い芸人」たちの言動が大きく影響しているように思えてならない。今や政治関連番組でも、経済関連番組でも、社会論評番組でも、芸術関連番組でも、あらゆる分野に「お笑い芸人」が顔を出す。時にはアナウンサーや歌手や女優までが、お笑いで受けるタレントになろうとしているかのように見える。たとえば歌番組でありながら、肝心の歌を披露する時間はほんの数分で、そのほとんどをトークが占める。歌のライブなのか、お笑いのライブなのか、よくわからない歌手さえもいる。朝から晩まで「ボケと突っ込み」のやり取りを見て、聴いて、子供達は育っている。その影響を受けないはずはない。
そこでは何よりも「KY(空気読め)」が重要とされている。まるで、そのことが生きていく上で最も重要なことでもあるかのように、日々芸人たちはその腕を磨き、受けを狙ったトークの出来る奴、出来ない奴、を振り分けていく。子供たち社会の中で、真面目さや、誠実さや、ひたむきさや、素直さや、素朴さは隅に押しやられ、まさに空気を読んだ軽妙な会話やジョークを飛ばし、笑いをとれる「芸人もどき」の子供らしくない子供が要求されている。
そこにはアフガンの高地で暮らす子供たちのような「神様がついているから僕たちは元気だよ」と云う人懐っこい笑顔はない。実際のお笑い芸人たちがそうであるように、半年前に流行っていた一発芸はすぐにすたれて、次々と新しい「流行り言葉」が求められ、それと同時に芸人そのものも新鮮さが求められていく。そうだ、今と云う時代はお笑い芸人がアイドルなのだ。70年代のアイドルは歌手であったが、今は多分「お笑い芸人」がアイドルなのだ。だから子供達は憧れる。憧れるのは良いが、芸人的でない性質を持つ児童を「空気読めない」として仲間外れにし、本音で語り合うことを許さない社会が出来上がっているとしたなら、そういう社会を生み出す火付け役となっているお笑いタレントたちも、提供しているTV関係者も、大いに考えなければならない時期に差し掛かっているのではないだろうか。空気しか読めない子供たちが大人になって「世界の笑いもの」とならないように…。
掲載日:2008年07月05日
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