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過去の占いコラム

素顔のひとり言(エッセイ集)


「運命を歩む」ということ


「運命」というものを扱う仕事を初めて今年でもう36年ほどになる。長い。長過ぎる。ただ長いだけで、ろくな仕事を果たして来ていない。その間、少し中断した時期も混じっているので実際にはもう少し短いが、それでも実に長い間「人の運命」というものと向き合ってきたものだ。

ところが、人の運命と向き合っては来ているが、それなりの役割が果たせてきたのかというと大いに疑問で、多分、自分の理想とする役割の十分の一も果たしてなどいない。大体、少年の頃に夢見たような“華麗なる占い師”でもなく“華やかな業績”もなく“千里眼のような能力”も未だ備わってはいない。むしろ全く逆で、大した有名でもなく、大した成果も掲げられず、霊感能力も伸びず、占い人気もなく、著作も数冊に留まっていて、占いの門下生を多数一流に育て上げたわけでもない。要するにろくな仕事をして来ていない。まあ、そこそこの形でどうにか一応続けて来られている―というのが現状なのだ。

昔は自分の過去をさらすとか、自分の弱点を書き並べるのは何となく気が引けたものだが、今はもう気にならなくなってきた。むしろ、最近は自虐的になったのか、投げやりになってしまったのか、本当の意味での自由を得たいのか「運命のすべてを解かっています」風なことは何故か言いたくない。だって、実際に分からないのだから…。人の運命というものを探求すればするほど、多くの人の運命に向き合えば向き合うほど「運命の持つ不可解さ」「人生というものの不可思議さ」「運勢の不条理さ」「人生というものの哀しさ」「宿命の存在性」「神仏の無慈悲さ」「人間の持つ可能性」について考えさせられることが多い。それらの仮面を次々と引き剥がして、真実を声高に叫んで、人々を先導していくことを望んでいた私だが、仮面を剥ぐどころか完全に目隠しをさせられ、返り討ちにあって、ズタズタとなってのたうちまわっているのが、残念ながら今の私の姿なのだ。

そして、最近、それこそが“私の運命の姿”私が知らず知らずに“自分の運命の道を歩んでいく姿”であったかのもしれない…とぼんやり思う。何一つ成果を見いだせないまま“巨大な運命の壁”に立ち向かい、跳ね返され、再び立ち上がって別の角度から“運命の壁に挑み”より大きく跳ね飛ばされ、心身ともボロボロになって、それでも「運命」という謎の悪役に挑む格闘技者のように、死ぬまで闘い続けて、よろよろになりながら闘い続けて、何一つ成果を見いだせぬまま死んでいくのかもしれない。それでも、それが解かっていても「ギブアップ」とは言いたくなくて、私はよろよろと「運命」に立ち向かおうとする。結局、運命という魔物は、私程度の能力独りで本当に解き明かせるようなものでもなく、回避できるものでもなく、変更できるものでもないらしい。

いつの日か、天才が出て、運命の持つプロセスすべてを明快に解き明かし、それを自由に変更可能なシステムを構築し、手軽に人々に提供できるような時代がやって来るであろうか。それとも、それは“神仏の御心に背く行為”で、土台が行ってはいけないことであり、人類は永遠に「運命を歩む」よう宿命づけられているのであろうか。だからこそ、せめてもの救いに「占い」があり“運命を読むこと”だけは許されているのか。いや、そうであってはならない。仮に神仏が許さなかったとしても、あらゆる人たちが“幸運を掴む権利”は存在すべきであり、そのための手法は研究されるべきことな筈である―そういう信念を持つ後世の誰かが、私の志を引き継ぎ研究(運命&占術の相互研究)に埋没してくれることを秘かに期待している。

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