9月, 2021年

9月4日記《勝利は岸田氏、善戦は高市氏》的中

2021-09-30

自民党の“総裁選”が終わって、私が9月4日の日に記した通りの結果が出た。その日の記述を読んでいただければ解かるが、書いたことのすべてが的中している。あの時、実施的にはまだ岸田氏以外は“正式出馬”していなかったのだ。その時点で、石破氏の出馬は“ナシ”と視て、野田氏の出馬は“アリ”と視ていた。高市氏の出馬は、まだ“可能性”の段階であったが、私は必ず“アリ”と視て、それも“推薦人20名”を楽々クリアする、と視ていた。河野氏の出馬も確実と思ったが、何しろ“運気が良くない”ので「大敗するだろう」と視ていた。ところがである。世論調査では、河野氏が“断然リードしている”として、決選投票まで持ち込まず、最初の時点で「勝利する」というのが、あの時点では“大方の見方”だったのだ。いや、それ以降も、石破氏が応援に回り、小泉氏が応援に回り、人気者二人と合わせ“大差での勝利”という予想が中盤まで続いていた。私は9月22日にも“総裁四候補”について書いている。その時には《「顔」で予見する人相学的な運命》として、もしも各候補が首相となった場合、それ以降どうなるか、に関して書いてみた。ここでは再録しないが、河野氏に関しては、その後に至って“身内企業の問題点”が週刊誌から出て来た。実はこのころ気の早い週刊誌の何誌かが「河野“新総裁”誕生」とぶち上げている。私は書店でそれを見て笑った。慎重な新聞などは、その前日まで「岸田氏有利だが、まだまだ判らない」とも書いていた。結局、一般の方たちの「予測」には“個々の運気”とか“現在の運勢”とかが加わっていないので、“心情”とか“雰囲気”のようなものが加わることが多いのだな、ということがよく解かる。「眞子さまの結婚」にしてもそうだが、人はいったん“思い込む”と、その“思い込みとしての予測”をなかなか変えようとしない。人間には、誰だって“善いところ”もあれば“悪いところ”もある。プロの占い師であっても、“思い込み”の強い人というのは居て、そういう人達は“平等な眼で視る”ということ、“先入観を入れずに視る”ということがなかなか出来ない。それでは「運命」という“厄介なもの”の本質をなかなか見極められない。もし、これを読まれる人の中に「運命」を“予知できるようになりたい”と願う人が居るなら、ぜひ日々の暮らしの中で“曇らない眼”を養っていただきたい。

無一文での「おみくじ」が主婦を成功に導く⁉

2021-09-29

名もない“主婦”が起業し「成功」を勝ち取っていく“アメリカン・ドリーム”は多い。けれども「テイクアウト料理」のオマケとして付いていた「おみくじ」を信じて事業を起こし、成功を勝ち取っていった女性は滅多にいない。2016年、アメリカに住む2児の母だった30歳の女性アマンダ・キャメロン氏は、突然、勤めていた会社から解雇されてしまった。アメリカでは、突然の“解雇”は珍しいことではなく、失業したなら次の仕事を探せば良い、という考え方が一般的だ。その日、夫のクリス氏に解雇を告げると、彼は妻を元気づけようと、大好きな中華料理をテイクアウトしてきた。その店からの料理にはオマケとして「おみくじ」がついている。アマンダ氏が何気なく開くと《あなたのビジネスはとてつもなく大きな成功を収めるでしょう》と書かれてあった。明日からの生活を考え、落ち込んでいたアマンダ氏だったが、そのおみくじの言葉を見て「もしかしたら…」という思いが浮かんだ。若い頃、将来は起業して社長になるんだ、と夢のように想い描いていた時期があったのだ。おみくじには「あなたのビジネスは…」と記されている。今の自分に何ができるだろう。自慢できるのは“手先が器用なこと”ぐらいだ。それを活かして何か出来ないだろうか? 彼女は行動派だ。自分の所持金の中から最大級の出費をして、さまざまな用紙をデザインカットできる1万8000円もするカッティングマシーンを手に入れたのだ。そして、すぐにパーティーや結婚式などのイベントに用いるハンドメイドのキラキラグッズを作り始めた。一般的には売られていない“特異な文様デザイン”のキラキラグッズだ。それを制作すると、ハンドメイド品を主として扱うオンラインショップ「エッツィー」に出店してみた。地味な第一歩だった。ところが、彼女の作品をライフスタイルのブロガーとして有名な女性が購入し、自分のブログで紹介してくれたのだ。そこから火がついて、瞬く間に彼女のところには次々と購入の申し込みが届くようになった。こうして、夫のクリス氏も手伝うようになり、事業は徐々に拡大、現在では13億円もの企業価値が認められている。もちろん、アメリカや中国の“夢物語”が日本にそのまま通用するわけではない。けれども現代が“その可能性”を秘めた時代であることは確かだ。

子供を“分け合う”形にして「離婚」が最善策⁉

2021-09-28

近年、経済的に恵まれた若い夫婦が「離婚」となった時、双方で“子供を奪い合う”トラブルが多発している。互いに“離婚”そのものに異存はないのだが、幼い子供がいる場合、どちらが「親権を持つか」で揉めるケースが増えている。特に“祖父母”が経済的に恵まれ、年齢もまだ若く、時間的にも余裕があるような場合、父親方と母親方それぞれの両親(祖父母)が「孫」を身近に置きたがる。「離婚は仕方がないけど、孫は絶対に渡さないで!」と注文を付けるのだ。モノじゃないんだけど。タレントの熊田曜子氏のところも“子供のこと”で揉めている。最近になって、熊田氏が二度も“110番通報”をしたことが女性誌で報道されている。夫の両親が、子供の通う塾付近で“孫の顔”見たさに出待ちをして、話し掛けたら110番。買い物していたお店で偶然見かけて近寄ったら110番。どう考えても義理の両親を、そんなことで110番通報する熊田氏は“プライドの塊”になっているようで怖い。まだ「正式離婚」が成立していないのだから、一応“自分の親”である。もう少し“穏便な対応”をすべきだと私などは思うが…。そういう状態だと、夫のことを110番通報した時も、実際には“大したことなどなかった”ように受け取られかねない。アメリカ人ならすぐ110番通報も良いが、日本人同士の場合、もう少し“情緒性”を加味して行動しないと、“義理人情に乏しい冷たい人”であるかのよう誤解を受ける。もちろん、もう離婚を決意している熊田氏の場合、夫側の両親に「近寄ってもらいたくない」という気持ちが解からないではない。ただ、それならそれで電話やメールでそれを告げるとか、もう少し方法がありそうなものである。いきなり110番は、合理的かもしれないが、何かが違うような気がする。こういう場合、双方のご両親(祖父母)の立場になって考えると、せっかく慕っていた孫達と、急に逢えなくなる、というのは心寂しいに違いない。ただ、熊田氏の場合、三人もの娘たちがいる。一人ではないのだ。どうしても逢ってほしくないというなら、三人のうち、一人くらいは「相手方に手渡す」というのも、一つの方法であろう。夫の両親からすれば、せっかく可愛がっていた孫たち“すべて失う”というのは、ちょっと残酷である。もし、ひとりでも預けてもらえるなら大切に育てていくことだろう。もちろん、熊田氏がそんな妥協案に応ずるとは思えず、だからこそ条件面で折り合いがつかず「正式離婚」に至っていないのだ。ただ、こういう状態を何年も引き摺るのだとしたら、子供たちが可哀想である。

「命のろうそく」を“吹き消す”順番の不思議

2021-09-27

私は子供の頃に聴いた話でもっとも忘れられないのは「命のろうそく」の話だ。つまり、誰でも生まれてくるときに「命のろうそく」に火が点され、そのろうそくが“消えてしまう”まで「現世」で生き続けるようになっている……という話だ。ところが、たまに、そのろうそくが「入れ替えられる」ことがあるという。つまり、短かったろうそくと、まだ長かったろうそくとが、何かの理由から“入れ替えられ”しまうのだという。そういう何とも奇妙で怖い話だった。例えば手相で「生命線は寿命を表す」という“俗説”がある。確かに多くの長寿者たちの手相を見ると、生命線がクッキリと長いケースが多い。けれども、生命線が長くてクッキリとしていても、若くして亡くなってしまう人達も稀ではない。だから、生命線だけで寿命は論じられない。ただ相対的に生命線がクッキリ長くて乱れも切れ目もない人達の方が、健康的な生活を送っている…ことだけは間違いがない。そういう意味では“生命力の反映”として視れないことはない。さて、歌手の松山千春氏がラジオの中で自分の弟が「19日にがんで亡くなった」と語ったらしい。松山氏自身は今年65歳で、弟は61歳であったようだ。彼の場合、自分の父親や姉は早くに亡くなっていて、母親も今年の正月に99歳で老衰死している。したがって、すべての“親姉弟”を喪ったことになる。人間、ある程度の年齢になれば、親兄弟の「死」は避けて通れない。けれども現代では60代や70代だの死は「やや早い」と感じるようになった。寿命には、誰もが何となく感じている「真実」というものがある。家系的に“早死型”の家系・血統と、家系的に“長生き型”の家系・血統とが存在することだ。これは親戚も含めて考えるべき“傾向”で、別に“科学的根拠”があって言っているわけではない。けれども、確かに“短命の家系”と“長命の家系”があることだけは事実で、その“死因”にも“何らかの関連性”あるケースが驚くほど多い。そうすると、どこかで「命のろうそく」の物語は“何かしらの真実”を反映した物語のように思えてくる。私は十代半ばの頃、自殺未遂をした。私など生きていても「世の中に役立つようなことはないだろう」と思ったからだ。それ以外にも、何かの理由があったのだが、忘れてしまった。要するに、いま考えれば“自ら命を絶つ”ような問題ではなかったような気がするのだが、精神的に幼かった私は「もうダメだ」という気持ちでいっぱいだった。ところが、私は死ななかった。というか死ねなかった。だから今こうして生きていて、毎日、こうして“偉そうなこと”を書いたりしている。きっと、私の「命のろうそく」は“十代半ば”では消えないように出来ていたのだ。

「一日6000万」失えば“震える感覚”味わえる⁉

2021-09-26

世の中に“ギャンブル好き”な人は多い。普通に考えれば「どうしてそこまで金をつぎ込むのか」と思うのだが、ギャンブラーからすれば「それを言っちゃーお終いよ」ということになる。タレントの坂上忍氏は、そのギャンブラーの“代表格”のようなタイプだ。関西のTV番組で、毎年、大みそかに全財産を抱えて競艇場に行くのだと語った。ここ20年ぐらい続けているそうで、その一番の理由は「震えたい」からだそうだ。つまり、自分の“一か八か”の予想が当たって、震えるような悦びを得られるのがたまらないという。もちろん逆もあるわけだが、それはそれで“一瞬にして失う震え”が来る。要するに、どっちであってもレース中の緊張感は並大抵のものではない。その何とも言えない緊張感とスリルがギャンブラーの“血を湧き立たせる”らしいのだ。考えてみると、もともとが浮き沈みの多い有名人にはギャンブル好きの人が多い。坂上忍氏と“似たタイプ”としては、作家の伊集院静氏がいる。彼も“大博打”を打つことで有名だ。今はどうか知らないが、むかしは借金をしながら博打を打っていた。作家には昔からそういう人たちが多く、柴田錬三郎氏、黒岩重吾氏、梶山俊之氏、阿佐田哲也氏、花村萬月氏などがいる。タレントでは徳光和夫氏が有名だし、芸人の霜降り・粗品も借金しながらという点ではギャンブラーとしての素質十分だ。マラソンの高橋尚子氏は十時間以上もパチンコを打つようだし、芸人の椿鬼奴のご夫婦は、共にギャンブル好きで一緒になった。俳優では“リアル・カイジ”としてのギャンブラー藤原竜也氏が有名だし、若い頃の阿部寛氏や歌手の後藤真希氏もプロ並みの腕を持っているらしい。漫画家の蛭子能収氏も有名だし、太田光代氏や吉高由里子氏も“博打の才”を持っていることで知られている。ただ坂上忍氏の或る意味すごいところは大みそかの一日に“その年の稼ぎ”を全部つぎ込むところで、もちろん、負ければ一年間の“稼ぎ”のほとんどを失うことになる。20年間の中で、もっとも高額だったのは2015年の6000万円だったらしい。もちろん“大勝ちをする”こともあって、その翌年は一年間まったく仕事をしなかったというから、文字通りギャンブラーとして良くも悪くも肝が据わっていることは間違いないだろう。私も昔からギャンブルは好きだが、どちらかというと“地味な勝ち方”が多くて、滅多に負けることはないが、ほんとうのギャンブラーのような勝利は味わったことがない。

「小室圭氏&眞子さま」がアメリカ人になる⁉

2021-09-25

「9月27日にも日本に帰国⁉」と報じられている小室圭氏だが、その帰国直前の取材映像が公開され、その変貌ぶりが話題となっている。彼は長髪姿となり、その後ろ髪を“ちょんまげ”にしていた。黒いスーツを着て、真っ赤なスマホを弄り、片手をポケットに突っ込んだままだった。出会い頭のインタビューには一切応じず、眼も合わせない。そういう姿のどれもが「ニューヨーク」という街に溶け込んでいた。もっとも、ネットなどの反応は総じて良くない。昔の“礼儀正しい面影”が消えていたからだ。私はマスコミが彼を捉えた当初から「眞子さまとの相性は稀なほど良いから、必ず結婚する」と言い切っていた。その後、さまざまな報道が流れたが、私の“見立て”は変わらなかった。そして私の《今年6月、或いは来年3月》という見立ては少しだけズレて、その中間くらいの時に“入籍”となりそうである。もっとも、眞子さまの“パスポート取得”に多少時間がかかるので、実際にニューヨークで一緒に暮らせるのは“年末”とか“年初以降”になる可能性もある。私は多分、当の本人たちよりも早く《アメリカで一緒に暮らす形》が望ましい、と指摘していた。そうして、お二人の子供に逢いに行くのは、父親でも母親でもなく、祖父や祖母になるだろうと観ていた。多くの人は、親でもないのに、眞子さまと小室圭氏の結婚を許そうとはしない。だから二人は「皇室」から離れて、一般人となって、自分たちで働いて暮らそうとしている。それでも、多くの国民は“許して”くれそうもない。そこで開き直った二人は“芸人・綾部氏”のように自由な「ニューヨーカー」になろうとしている。そう考えると、小室圭氏がマスコミを無視するのもわからないではない。「真のニューヨーカー」はマスコミに媚など売らないからだ。少しでも早く、ニューヨーカーとして街中に溶け込んで、生きていかなければならない。もう「日本人であること」は忘れた方が良いのだ。眞子さまにしても、早く“一般人”になってしまえば、ニューヨーカーになってしまえば、日本国民から干渉されなくても済む。手に入れたいのは、ごく普通の暮しと「一般人としてのニューヨークの家族」なのだ。

「ドバイ万博」後に行う「大阪万博」大丈夫⁉

2021-09-24

最近の日本は、どうも世界的に見ると節約志向で「地味な印象の国」に視える。経済的な発展が“いまひとつ”なので仕方がないのだが、それならば、あまり“派手な催し物”には手を揚げない方が良いような気がする。2025年に「大阪万博」が予定されているからだ。「東京オリンピック」の後の“大規模なイベント”で、本来ならもっと盛り上がって良いはずだが、どう見ても“大成功”とは言えなかったオリンピックの後だけに、不安感が残る。今年は「オリンピック」と同じように、本来なら昨年開催するはずだった「2020ドバイ万博」が来月1日から来年3月31日までの半年間、UAEのドバイ市街地で開催される。オリンピックと同じ理由から一年引き延ばされた形で、10月1日から開催される。中東・アフリカ地域としては初めての「国際博覧会」である。その点でも注目されるのだが、それ以上に注目されるのが“その規模”にある。何しろ、世界191カ国から出展予定で200以上のパビリオンがあり、毎日60以上の“催し物(ショー)”がある。もちろん「日本」からも出展していて既に“幾何学形”の「日本館」が出来上がっている。今回、日本関連では中東初出店の回転ずし「スシロー」もある。またショーでは高野山に伝わる“仏教音楽”を披露する予定もあるようだ。主催国では開催期間中の来場者数の目標を2500万人と見積もっている。世界の“コロナの終息状況”によって流動的だが、ドバイそのものに“さまざまな見どころ”があるだけに、とてつもない額の“観光収益”が得られそうである。さて、話戻って日本だが、今のところ「2025大阪万博」への参加予定国は「54ヵ国」と寂しい。参加する国際機関も5機関だけだ。希望として掲げているのは「150ヵ国」「25機関」なのだが、その半分にも達していない。どうして、こんな残念な状況なのか。一言でいえば「金の掛け方が違う」からだと私は思う。今回の「ドバイ万博」のメイン会場を見ただけでも、その威容に圧倒される。まるで「未来都市」のような迫力があるのだ。日本ではとてもじゃないが、こんなものは作れない。こんなものに金を掛けられるほどの“余裕”がない。そうであれば、ムリに「万博」を開催して、ドバイとの違いを“さらけ出す”必要があるのか、疑問に思えてならない。

 

「TPP」に“英国”も“中国”も“台湾”も申請を…⁉

2021-09-23

世の中には“その時”には「無意味」に思えても、やがて“それ”が大いに役立つ時期がやって来ることがある。「TPP(環太平洋経済連携協定)」など、その代表的な産物だ。この「TPP」という名称がマスコミに取り上げられ、社会的にも注目されていたのは、もう何年も前の話だ。実はその初期の頃、私はある雑誌から「日本はTPPに対して参加すべきなのかどうか」という“占い質問”を受けた。こういう質問を占い師に訊いてくる方も訊いてくる方なのだが、それにまともに“占いで答える”私も「どうかしている」と言えないこともない。とにかく、その雑誌上で、私は「日本はTPPに加盟する方が良い。アメリカが加わらなければ無意味だという見方が多いが、占いから観ると、必ず将来的には役に立つと出ている」と言ったことを述べた。元々その名称が示すように“太平洋地域”の連帯を経済的に強めるのが目的の協定なので、東南アジアの国々が多く加盟している。それにプラスする形で「日本」「カナダ」「オーストラリア」が加わっている。したがって、本来から言えば「英国」などは“枠外”のような気もするのだが、EU(欧州連合)から離脱した英国は、その“代わりのもの”を求めていた。その結果として“TPP加盟申請”をしてきた。最近になって「中国」に続いて「台湾」もしてきたのだが、どちらかと言えば「台湾」の方が“受け入れる国”が多いよう私には思われる。何しろ、この「TPP」というのは、その加盟国全部がOKを出さないと加わることが出来ないという厳しい条件がある。にも拘らず、加盟したがるのは「それだけのメリットがある」と踏んでいるからだ。輸出入に頼らなければ“生きていけない”日本などは、加盟国が増えて来れば来るほどプラスに働く。本当はだから「英国」にも「中国」にも「台湾」にも、全部の加盟を認めたいはずだ。けれども、事実上「中国」と「台湾」の両方を認めてしまうと“トラブル必至”と思われるので、難航するのではないだろうか。数年前まで「自国ファースト」と言っていた国が多かったが、やはり“手を繋がなければ”各国とも潤って行かないのだ。

総裁“四候補”「顔」で予見する人相学的な運命

2021-09-22

たまには“占い師”らしいことも書こう。少し長くなる。“総裁四候補”として選挙戦を繰り広げている人物たちの「顔」を、世評など関係なく“人相”だけで解読していこう。ただ、ここに記すのはあくまで「人相学的な運命」であり、それも“得票数”には直接関係のない運命の採点だ。まず【岸田文雄氏】だが、四人の中でもっとも額が広い。そして“やや面長”である。額の横じわ4本きれいに刻まれている。こういう人は“組織の中”で働くのに向いている。大企業であれば上司の引き立てを得て役職を得ていくタイプ。社長になれるかは疑問だが、重役には就ける。一番の弱点は、四人の中でいちばん口唇が小さい。周囲を気にしすぎる。行動面で大胆にふるまえない弱点を持つ。ただ鼻脇から出る法令線は意外なほど広い。実際にトップに立って何年かすれば本領を発揮し始める可能性がある。何事も時間がかかるのが難点。【高市早苗氏】だが、第一印象として四人の中で、この人がいちばん口唇が大きく厚い。特に上唇の方が厚く、献身型。したがって多くの人のため献身的に働く。眉は“描き眉”で実際の眉毛がないとすれば、身内の“縁”が薄い。同時に上瞼は広く厚いが、下瞼が凹んでいる。こういう人は目上から引き立てられるが、目下から背かれやすい。したがって閣僚の中から足を引っ張るものが出てきやすい。ただ頬骨は高く“社会的権威”を得る形で、世界の首脳たちと並んでも、一歩も引けを取らず渡り合える稀有な存在。右眼尻が極端に上がっているのは“負けず嫌い”を表すと同時に“不倫”が生じやすい相だ。【河野太郎氏】だが、この人の顔貌で真っ先に目に飛び込んでくるのは“濃く太い眉”であろう。濃い眉は“情熱家で熱血漢”の象徴だが、同時に“身びいき”になりやすい相でもある。つまり“情が絡む”と公平ではなくなる。特にこの人の場合、眉が太いので頑固で“融通の利かない”一面もある。また眉頭からの“縦じわ2本”が目立つ。自分が正しいと思ったら、周囲からの忠告は聞かず突っ走る。家業の社長ならそれで良いが「政治世界」は“妥協”や“駆け引き”が必要なだけに、やや不安材料を持つ。また下唇がやや厚いのは自己愛強く、自分に“関わりある人々”にのみ愛情を注ぐ。耳の形は四人の中で最も良好。先祖からの恩恵を得られる。【野田聖子氏】だが、日本の“女性社長”に多い相の典型で、頬骨が“丸く大きく”庶民派型の成功者に多い相。他の候補よりも耳下の顎(あぎと)部分が張っていて、そこに“粘り強い”政治家らしさが窺われる。但し、ここは観相学的に“秘密”を表す部分で、こういう人がトップに立つと、必ず「国家」として何らかの“秘密・内密の事項”を持つことになる。この人の観相学的に優れているところは“眉間の広いこと”で、これは度量のあること、肝が据わっていることを表す。したがって“姉御”としての彼女がトップに立てば、彼女を慕う女性たちが多数議員として増えていく可能性が強い。但し両目の間「山根」が低いので他国の干渉を許しやすくなる。 

再び「世界同時株安」日本の“実体経済”ピンチ

2021-09-21

“中国の不動産融資”に赤信号がともって、アメリカ株が一時900ドル以上も急落(書いている間に急速に戻す⁉)している。当然、この余波は今日からの「日本株」にも波及してくる。せっかく「日経平均3万円を回復」と喜んでいたのに、あっという間に急落してしまう。アメリカ株の場合は半年以上も上昇し続けてきたから余力があるが、日本株の場合は9月に入って“一気に駆け上がった”ばかりで、あまりに上昇期間が短すぎる。それにしても、中国国内の“不動産融資”の問題で、どうしてアメリカ株や日本株が下がるのだろう。もしかしたら、アメリカ株は“ややバブル気味”だったので、急落するキッカケを探していたのかもしれない。本来であれば、日本株まで“急落する”必要はなさそうであるが、もともと日本株は「世界経済の敏感株」で、今やアメリカと中国が“世界経済”を牛耳っている以上、アメリカや中国に“波乱要因”が出て来ると“連れ安”となるのは仕方のないことなのだ。ただ問題は、日本の場合、その問題発祥の国や地域よりも“大きく下がる”のが特徴で、そこが何とも残念なところなのだ。コロナの終息で、世界経済は「V字回復する」と誰もが読んでいた。実際、それを先取りするように「日本株」以外の世界の主要マーケットでは右肩上がりが続いていた。どうして日本株だけが“出遅れた”のかというと、コロナ感染の拡大が続いていたからである。ワクチン接種率も遅れていたからだ。それが、ここに来て急速に数値が良好に変わった。そこで一気に日本株も上昇し始めたのだ。もう一つのキッカケは自民党の総裁選である。菅総理が“不出馬”となって、新たなリーダーが「日本」を牽引することが明確となった。“世の中”はリーダーによって変わる。まだ「日本国」の社長が誰になるのかは分からないのだが、それでも「日経平均」は一気に駆け上がった。ただ駆け上がって、まだ半月余りしか経っていない。実体経済にそれが“反映”されるまで数か月はかかる。つまり、緊急事態宣言もようやく解けて「これから…」という時期がようやく訪れようとしていた矢先ではないか。もし、中国の融資問題が“あっという間”に収束すれば「日本株」→「日本の実体経済」は救われる。けれども時間がかかるようだと「V字回復」は遠のいていく。

8500億円損失ブライダル業界と「非婚化宣言」

2021-09-20

“飲食店業界”とか、“ホテル業界”とか、“観光業界”とか、さまざまな産業でコロナ禍による打撃を受けているが、忘れられがちなのが“ブライダル業界”だ。昨年、国内で「結婚披露宴」の延期や中止をしたカップルは24万組もある。それに伴うブライダル業界の損失額は8500億円にも上る。“中止”した方は良いとして、“延期”した方は“その後”どうしたのだろうか。オリンピックのように今年になって“強行”したのだろうか。それとも“延期”から“中止”へと舵を切ったのだろうか。どちらにしても、なんとなくスッキリとはしない“船出”と言えるだろう。もっとも、過去に“盛大な結婚式”を掲げてスタートしたのに、その後“離別”してしまったカップルは山ほどいるので、必ずしも“華やかに結婚”したから良いというものでもない。往々にして“華やかな結婚”の時が、そのまま「人生の頂点」となって、その後の生活から“笑顔”が消えていくこともある。誰にも知られず「入籍だけを済ませる」という形の方が、文字通り“その後の共同作業”として「家庭」を円満に築いていくケースも多い。そうはいうものの周囲から“祝福”を与えられる結婚式には“憧れ”と“夢”が詰まっている。たとえコロナ禍であろうと、“結婚式”や“披露宴”にこだわるカップルも多い。けれども、こういう時の“招待状”には工夫がいる。そこで…なのかどうか知らないが、韓国では最近「結婚」&「申し訳ない」を組み合わせた“新造語”(直訳すれば「結婚して申し訳ない」)が流行中であるという。その一方で注目すべきは、最近、韓国の女性歌手や女優には若くして「非婚化宣言」をする人たちが多くなったことだ。つまり、今後ともずっと“恋愛”はするかもしれないけど“結婚”は誰ともしない、という宣言だ。さまざまな闇の問題を抱える韓国芸能界は、そうでもしないと“生き残れない”世界なのだろうか。ところが別に芸能人でなくてもSNS上で「非婚化宣言」する若い女性たちが急増しているようだ。宣言をする女性たちの多くは「結婚」が“不利益をもたらす”というのを第一の理由に掲げている。昔の韓国女性の多くが、夫に対して献身的に仕えてきた歴史が背景にあるようだ。ただ何となく“利益”とか“不利益”で「結婚」を捉えること自体に、寂しいものを感じてしまうのは私だけなのだろうか。

 

ゴッホの“新発見”「疲れ果てて」頭を抱える男

2021-09-19

「ひまわり」や「自画像」や「アルルの風景」などで知られる巨匠ゴッホだが、オランダでこのほど彼の“新たな絵画”が見つかった。そして9月16日から来年1月2日まで、オランダの美術館で公開・展示している。オランダ生まれのゴッホにとって、自らの作品が故郷で最初に展示されることは“悦ばしいこと”に違いない。だが、新たに発見された《疲れ果てて》というタイトルの作品にはサインがない。老人と思しき男性が椅子に腰掛け、頭を抱えている構図だ。これまでのゴッホ作品とは少し違ったテーマのようだが、それでも“ゴッホ本人の作品”と断定されたのは、その描かれていた画材にあった。彼はスケッチをするとき何故か“大工用の鉛筆”を用いたことが知られていて、今回の絵画もそれが判明したので“ホンモノ”と判ったのだ。確かに、そういう部分というのは“こだわりの強い人”にとって簡単に変えることができない。実際、画像を見ると輪郭の力強いタッチは“ゴッホ作品”であることを裏付ける。現代においては“何十億円”“何百億円”と値が付くゴッホの作品だが、生前はほとんど売れることがなかった。したがって画商であった弟テオからの“借金を重ねること”で生活が成り立っていた。芸術や芸能の世界ではよくある話だが、世間的にはまったく才能を認められることなく、年齢だけが増えていくと、その苛立ちも加わって徐々に精神が崩壊していく。運命学的な観点からいうと「対人運」という部分が極端に“苦手”だったような気がする。現代でも繊細な芸術家に、そういう人たちは多い。才能がどんなに豊かでも、自分の感情を制御できない人は、周囲と協調することが難しい。孤立しやすく、気難しい人とみなされる。もっとも、それゆえ作品だけに“魂を込める”ことが出来たりする場合もあるので、一概に人格を否定できないが、何に対してもすぐキレてしまう状態が続くと“八方ふさがり”の人生になりやすい。そういう意味では不遇なときの“忍耐強さ”も「運命学」的には“才能の一つ”と言って良いのだ。

« Older Entries