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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「和菓子」を「世界」に“売り込む”ことは可能⁉


“和菓子店”の倒産件数が、過去最大級のペースで進んでいるという。いちばんの理由は原材料費の値上げで、その値上げ分を価格に転嫁しにくい和菓子業界は、ここ数年、窮地に追い込まれやすい状況にあり、昨年も多かったのだが、今年はもっと多いペースで倒産が増えているというのだ。それも、100年以上続いてきた老舗のようなところの倒産が増え始めているようだ。確かに周りを見渡せば、洋菓子店だらけで、和菓子店というのは滅多にない。昔からの観光地でもない限り、和菓子屋は見掛けにくいのが実情だ。実は、わたしは“和菓子屋の息子”だった。厳密に言えば、わたしの父親は“元和菓子屋”だった…というべきだろうか。わたしが生まれる直前、それまで経営していた四店舗をたたんで、夜逃げのような格好で北海道へと移り住んだのだ。だから、厳密にいうと、実兄の場合は“和菓子屋の息子”になるが、わたしの場合には経営者ではなく、職人に落ちぶれた父親の息子ということになる。とにかく、そういう中で私は誕生した。だから、こういうニュースを知ると、或る意味で“複雑な心境”になる。そういえば、わたしの大好きな“あんドーナツパン”の親戚ともいうべき“あんドーナツ”は「和菓子」に属するらしい。う~ん、父親の未練が、わたしに“あんドーナツパン”を食べ続けさせているのか。和菓子というのは、昔からの“季節の行事”と“冠婚葬祭”に提供されてきた。確かに葬式や法事の時に、和菓子が出ているのを見掛けることはあるが、洋菓子が出ているのを見掛けたことはない。そういうものに対して、現代は“省略化”や“縮小化”しがちである。そうなると自然に、和菓子を食べる機会というものが減る。家族で食べる……という光景が減る。漫画でも、昔は家族団らんの様子として“大福を食べる”とか“団子を食べる”とかの光景が似合ったが、どうも今では“昔の光景”という印象がぬぐえない。だが、それでは和菓子は“終わりなのか”といえば、わたしはそうは思わない。例えば、誰か“世界的著名人”が「和菓子大好き」と絶賛すれば、そうして京都を訪れた外国人たちが、好んで和菓子を“土産もの”として購入し出せば、状況は一変するに違いない。実際、一時期は“寿司店”だって、閑古鳥が鳴いていたのだ。今では世界の主要都市に「すし店」がある。ただ“日本式”に拘ってはいけない。世界の寿司でって、およそ“本物の寿司”とは似てもいないようなものが平然と“寿司”として食されている。そういう風に変幻自在となれば“和菓子”は大いに蘇っていくのだ。
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