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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


個人的な体験としての「幽体離脱」からの真実


これを読まれる方の中に「幽体離脱」を経験されている方は何人くらいいるのだろう。おそらく一人か二人…という程度のものだろう。わたしが思うに、こういう体験は人それぞれに違っていて、必ずしも、みんなが同じ“カタチ”ではないような気がするのだが、それでも、ほとんどの方は“未体験”だと思うので、一応、わたしの場合には……ということで知っておくのも何かの役に立つかもしれない。わたしの場合、そういう現象が起こりやすかったのは、十代の半ばから後半にかけてだ。つまり、一度だけ…というのではなく、何回か経験している。まず、ほとんどの場合は、その“身体から抜け出す瞬間”というものは記憶していないのだが、一度だけ、抜け出し始めた時のことを記憶している。その“抜け出すモノ”だが、俗に「魂」とも「幽体」とも呼ばれるが、わたしの感覚では、少なくとも“抜け出す時点”では「幽体」という表現がぴったりで、自分が寝ている時に、その頭部の部分からヌゥーという感じで引っ張られるように“抜け出して”いく。少なくとも、わたしの場合は自分が“抜け出そう”と想っているわけではない。その引っ張られる感覚は、丁度、モチとかチーズとかが、引っ張ったら伸びていくみたいな“そういう感じ”で伸びていく。そうして、抜け出しながら、伸びていくので、何かしら怖い。すごく怖い。だが、どこも痛くも痒くもない。奇妙なことに、そういう時の自分は、眼を閉じたままであるはずなのに、周りが視える。そうして、夏の夕方に、自分の身体の影が、どんどん長くなっていくように、その抜け出た幽体も長くなる。決して、完全に抜け出すのではなく、身体から“つながったまま”で移動できるのだ。但し、自分でその方向を、わたしにはコントロールできなかった。或る時、わたしは自分の肉体をやや斜め上から視ていた。その時には“抜け出る時”の感覚がなかった。だから、その斜め下のベッドで寝ている人物が“何者であるのか”なぜか、わたしには判らなかった。自分の肉体であるのに、その時には判らなかったのだ。ただ「自分の近しい人だな」というのは感じた。「どうして寝ているのだろう」とも思ったが、何故、自分が近くで斜め上方から“見守っている”のか、解からなかった。だが、しばらくすると、もう、その人のことはどうでも良くなって、何かに引っ張られるような感覚で遠のいていった……。
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