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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「すべての人が主役…」って、何なんだよ⁉


私は極力“同業者の悪口”は言いたくないのだが、それでもたまにカチンとくる人物がいる。例えば、星ひとみ氏がそうだ。彼女は近年「カリスマ占い師」として脚光を浴びている。ただ、彼女が実際には何で占っているのかがよく解からない。昔は“手相”で売っていたのだが…。まあ、でも、それはそれで良い。最近の女性誌に彼女は来年を「混迷の年」と位置づけ、それ故に「すべての人が主役になれるチャンスの年」と定義づけているのだ。「混迷の年」という抽象的な言葉も、正直、私には具体性に欠けていてよく解からないが、まあ、なんとなく占い師でなくても誰でも感じることを、そのまま口にしただけという感じで、別に、それはそれでも“よし”としよう。良くないのは、その次だ。「すべての人が主役」と言ってしまったなら、どんな年だって、どんな人にだって当て嵌まる言葉で、もはや“占い”でも何でもなく「100%のおまじない」でしかない。新興宗教ならそれでも良いが、占いで最初から、誰にでもあたる、どんな年でもあたる“魔法の言葉”を出してしまったなら、どうしたって「外れようがない」ではないか。私はそういう“八方美人型の占い師”が大嫌いである。いや、八方美人でも良いが、結局、絶対に「外れようのないこと」を“大特集”にしてまで取り上げることだろうか。昔、クジでよく「空くじ無し」というのがあった。誰でも必ず、何かは当たる。まあ、それと同一で、絶対に、自分が傷つかない、絶対に「外れた」と言わせない表現になっている。こういう“傷”や“痛み”や“批難”というものを知らずに“生き抜いていこう”とする占い師が、私は個人的に大嫌いなのだ。同じような部分は鏡リュウジ氏にもあって、この人も「占星学は当たるものではない」ということを看板に掲げながら、何十年も、占星学で飯を食っている。マスコミでは「占星学の大御所」として持ち上げられている。最初に「当たるものではない」と言っておけば、どんなことを書こうが、どんなに初歩的な占いに留まろうが、誰からも絶対に非難されない。こういう“鎧・兜”を身につけて「占いの戦場」に挑む人が大嫌いなのだ。それらを持ち上げるマスコミもおかしいし、それらの占い師を「神様」のように慕う読者たちも「どうかしてるぜ‼」としか言いようがない。
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