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今日の迷言・余言・禁言

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「32年後の死刑」を「神」は許さなかったのか


人によって静脈に“注射するのが難しい”体質の人がいることは、誰でも知っている。それでも、上手な専門家(看護師)が行えば、大抵の場合は上手く行く。ところが、それでも上手く行かない場合というのが稀にある。そういう場合、強引に注射を続けると、思わぬ事態を引き起こす。アメリカのテネシー州で、18歳の時に同級生を殺害したとして「死刑」判決が下っていた50歳の女死刑囚クリスタ・パイクは以前から弁護士を通じて「静脈注射が困難な体質である故、別な死刑の方法を望む」と嘆願していた。ところが何故か“その願い”は叶わず、このほど“薬物注射による刑の執行”が行われた。通常通り、致死量に至る成分で行ったのだが、やはり難しかったのか一度目の注射では死に至らず、同じ致死量をもう一度注射することにした。死刑囚は嫌がったが、再度の注射が行われた。ところが、それでも「死亡」とはならなかったのだ。合計2度の致死量薬物が体内に入ったが、それは静脈を通じてではなかったようだ。こうして本人は激痛を訴え、刑務所側は病院へと救急搬送する事態となった。裁判所側も事態を重く見て、死刑の執行に問題はなかったか、別な方法での死刑が決まっていたのだが、それには緊急停止を下した。本人は現在、入院中だが“その治療”も困難を極めている。それにしても、わたしが思うのは、18歳の時の殺人で現在50歳ということは、既に32年が経過している。もちろん殺人罪だから極刑は逃れられないにしても、10代の時の犯罪で既に30年以上が経過してから“死刑執行”に至るというのが、今ひとつ判然としない。しかも本人から“別の死刑方法”を懇願していたのに、それが認められず、こういう事態に至った。何かしら後味の悪い“死刑執行”という気がする。もちろん、本人の体質的なものが招いた結果ではあるが、わたしには「神」が32年後の死刑を許さなかったような気がしてならない。18歳の時の罪を許すことは出来ないかもしれないが、32年間、放置していたなら、そのまま「終身刑」という形でも良かったのではないだろうか。一度で死ななかったから、もう一度注射する神経が、わたしにはなぜか怖い。
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