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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「本は書店で売る」が通用しなくなっている⁉


あらゆる部分で“時代の変化”を感じることが多いこのごろだが、本の販売も今や「書店」だけとは限らなくなっているようだ。例えば外国人向けの「お土産屋さん」そういうところにも、ごく普通に“一般書籍”が置かれていたりする。もちろん日本語で書かれた“ふつうの本”だ。わたしはあまりいろいろな場所に出向かないので、気付かないことが多いが、それでも、カフェと書店とか、工芸作品と書籍販売とか、駄菓子屋と雑誌販売とか、インテリアと書籍とか、スーパーで雑誌販売とか……さまざまな形式で“本が売られ出している”ことを知っている。もはや街に書店が無くても大丈夫な時代なのだろうか。ただ気になるのは、書店じゃないところで本を買う人は、ほんとうにその本を“読むため”に購入しているのだろうか、という点だ。もちろん、わたしだって本を著述する側の一人として、仮に読まなくっても、本を購入してもらえるのはすごくありがたい。読んでくれればもっとありがたいが、仮に読む気がないとしても、購入してもらえると、その方の日常の“片隅”に置かせてもらえるような気がして快いものだ。だれでも、気に入った人の傍で過ごしたい。そういう意味で、たとえ自分ではなく、自分の書いた本であっても、未知なる人の“傍で過ごす”ことが出来るのは気持ちがいい。本だって、孤独なのは寂しいものなのだ。いまは書店でなくても、アマゾンなどネット販売からでも本を購入できる。ネット販売の良いところは、24時間開いていること、注文してから届くまで早いこと、古書販売も併設していること、どの本を購入したか、誰にもわからないこと、大昔の本でも取り寄せ可能な場合が多いこと、その本に対しての“感想”などが読めること……などだろうか。その反面、弱点も多い。いちばんは、その本の中身が確認できないことで、何であれ、中身を確認せず購入するのは不安なものだ。最近の書籍は総じて高い。購入した後で「しまった」と思っても、もう遅い。購入読者の感想など当てにならない。大体“星評価”ほど当てにならないものはない。よく、こんな本を“星五つ”とかするものだ…と首を捻るようなケースも多い。カフェなどで本も購入できるところもあるが、わたしは基本的に“他人の手垢がついた本”をそのままの価格で購入する気にはなれない。もし“手垢の付いたもの”でも読みたい内容の場合は、古書店から“安く”購入する。貴重な本が驚くほど安く購入できた時の悦びは、たとえようもない。ただ運命学関係の本などは、大昔の本ほど高い。ボロボロになっているものを何万円も出して購入する時の何とも言い難い苦汁を誰に言えばいいのか。
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