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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


旧約聖書の「神は掌に印を置きたもう」の真実


多くの人がそうだとは思うが、誰でも何となく「神」を意識するような時がある。ここでいう「神」とは、特定の何かの宗教に付随した神ではなくて、なんとなく誰でも抽象的に感じてしまう“不可思議な存在”のことだ。だから、それをここでは「神」と表現したが、超自然界の力でも良いし、魔力でも良いし、超自然現象でも良い。とにかく通常科学では推し量りがたい“何らかの力”とでも言おうか。最近、わたしは、あらためて「手相」に“それ”を感じるのだ。それも他人の手相ではなく、自分自身の手相に関してだ。だから、手相というよりも厳密には「てのひら」に対してと言った方が正しいのかもしれない。わたしは、もう何十年も他人の手相を観ることを経験してきた。だから「手相」というものが、本人の性質や能力や健康状態と密接に関わっていることを実感として知っている。さらに踏み込んで言えば、その人生や運命とも、密接に関わっていることを実感してきた。ただ、わからないのは、では、どうして、そういう風に“刻まれていくのか”という部分だ。この部分が、解かっているようで、まったくわからない。旧約聖書には「神は個々の掌に印章を置きたもう」と訳される一節が出てくる。ここでいう印章は“印鑑”のことではなく“しるし”つまり“手相”のことだ。続けて「それは個々の職分を示さんがためなり」と訳される一文が続く。つまり「先天的な職業」を教えるために手相としての徴を与えた……というのだ。この言葉通りであれば、少なくとも手相は、何よりも、その人の職業や仕事運を表している……ということになる。けれども、わたしは実体験から、手相が日々変化するものであることを知っている。その変化の仕方というのは、たとえて言えば“顔の変化”に似ていて、顔だって日々変化しているが、ただ、その変化は微妙だから、どの部分がどういう風に……とは中々説明できない。同じように「手相」も日々変化しているが、顔以上に“どこがどういう風に”と説明するのは難しい。そして、いちばん不思議なのは、その変化が実生活と“同時並行”で変化しているとは限らず、少し早くなるとか、少し遅くなるとかする場合があることだ。つまり、運命的な出来事が起こる少し前から変化する場合もあれば、ほぼ同時進行で変化していくこともあれば、逆に少し遅れながら変化していくこともある。ほぼ同時進行なら理解しやすいが、少し前から変化していくのは何故なのか、そしてどうしてなのか、自分の掌を、誰が操って“変化させているのか”それらを考えると、文字通り旧約聖書が言う「神」なのか……なら、どうして、遅くなって変化したりもするのか……。
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