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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「寒い冬」がやって来るのに“サンタ”が来ない⁉


わたしの父親は「三太郎」という名前だった。この名前を、父親はひどく嫌っていた。「親が役場に行ってから、何にしようか考え、三番目だから三太郎で良いだろう」という感じに決まった名前らしい。まあ、適当というか、あまり「子宝」という印象ではなかった様子がうかがえる。父親は、そのせいなのか、十歳の時から奉公に出されたらしい。つまり「働きに出された」ということだ。母親の方は、当時としては珍しかった大学まで出た女性だ。それでも、運命はいろいろとあって二人を結び付けた。父親が、自分の名前を嫌ったのは、一つには「サンタさん」と呼ばれやすかったせいでもある。サンタクロースでもないのに「サンタさん」と呼ばれるのは、バカにされているような気がしたらしい。わたしは自分の本名も嫌いだったので、父親が“嫌った”心情は何となく解かるが、それなら、どうして改名しなかったんだろうと思う。わたしは早い内から“別な名前”を名乗って、小説を書いたり、劇団を創ったりした。その時は、今のような「波木星龍」という名ではなかった。それでも、本名とは違うので、なんとなく“もう一人の自分”になっているような気分で、悪い気はしなかった。世の中には、自分では“それ”が嫌なのに、或いは嫌いなのに、ずっと、そのままで居る……という人達がいる。厭なら、嫌いなら、それを変えればいい。たとえば自分の“顔”が嫌いなら、顔を変えればいい。自分の仕事が嫌いなら、その仕事を変えればいい。自分の親が嫌いなら、親から離れればいい。そうして「親代わり」になってくれる人を求めればいい。なんであろうと、厭なら、嫌いなら、そこを離れて、変えていけばいいだけの話だ。ところが、この単純明快なことが「出来ない」という人が多い。そういう人は、必ず種々な事情などを話すが、要するに、厭だが、嫌いだが、だからといって“そこ”から自分で“抜け出す”のは難しいと考える人たちだ。人生一度きりであり、周りの人は、ああだこうだ言っても、外野席的な助けに過ぎない。自分の人生は、自分で変えていくしかないのだ。「寒い冬」が来ると「サンタさん」を嫌がっていた父親のことを想い出す。わたしも、幼い頃は、自分の父親が嫌いだったが、今になってみれば父が「サンタさん」を嫌っていたのは、もしかしたら、サンタさんのように子供たちにプレゼントを上げられなかったからのような気もする…。
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