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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「正しい基準は一つではない」と理解すべし‼


私はこれまで“占いの本”を十数冊書いて来ている。十数冊も書いていると、何となくその中身は“似たようなもの”になりそうと思う方がいるかもしれないが、わたしの場合、そうではない。一つには、それぞれ“異なった占い”について書籍化している場合が多いからだが、もう一つは“観方の基準となるもの”を一つだけに定めていないからだ。たとえば手相の本でも『実際手相鑑定密義』の中で書かれていることと『江戸JAPAN極秘手相術』の中に書かれていることとは全く違う。一方は“西洋式の観方”に基づいての判断方法を述べたもので、他方は“東洋式(厳密に言うと和式)の観方”に基づいての判断方法だ。さらにもう一つ、これは『この占いはすごい』という本の中で取り上げた「幾何学手相術」という章も、前記の二書とは内容的にまったく異なる。これは“幾何学図形的な観方”として各掌線を扱っているもので、図形的に捉えなおすことで、新たな手相判断が可能であることを示唆している。三つとも同じ「手相占い」を扱っている内容なのだが、その観方の基準とするものが違うので、内容的にはまったく異なった内容として記されることになる。しかも、それらは、ただ単に「理論的にこうだ」という風に扱っているわけではない。実占として永年さまざまな手相を観察しながら、判断してきた蓄積上からの内容を公開している。つまり、観方の基準を変えることで“新しい占い”が可能になることを提唱しようとしている。たまたま、ここでは手相占いを取り上げたが、あらゆる占いが“その対象”となる。しかもそれらは一部の“時代にのっかろうとするエセ占い師”が考案した“名称だけが新しい占い”などとは根本的に異なる。名称だけが新しい占いは、実際には何も新しくなどない。ただ単に“その見掛け”を新しくしてアピールしているだけに過ぎない。そういう占いのほとんどは“生年月日が基準”だが、実際には根本的な観方の基準が違わないので、少しも新鮮ではない。わたしが“さまざまな観方”を提供するのは、一方向だけからの観察がすべてではない、ということを知って欲しいからだ。近年「正しい」の基準を一つに求める人が多い。「正しい」の基準は一つだけとは限らない。時代や場所や民族によっても「正しい」の基準は変わっていく。永久不変の「正しい」など存在しないのだ。
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