★現代の変則的三主流年法★

現代の変則的三主流年法

この流年法は近代の観相家を代表する中村文聡氏などが用いていた観方ですが、「変則的三主流年法」という名称にはなっていても、実質的には「五官流年法」と「三主流年法」と「飛び流年法」とを混ぜ合わせたような観方となっています。興味深いのは、左右の頬や、食禄や、口の両脇「奴僕」位置に対して、それぞれ左右合わせて八年間くらいの流年を与えていることで、額左右に年齢が当てはめられていないことからすると、その年齢配布はやや偏りを感じさせます。もしかすると実際の流年活用は、15歳から40歳まで、額の生え際から鼻先にかけての正中領域に対し、実占結果として信用できることを暗に示唆したかったのかもしれません。何故なら、そのくらいの年齢の人達が実際に鑑定希望者としては最も多いからです。したがって、的中度合いを検証的に見極めるという点から考えれば、それらの年齢領域は後から確認を取ることが可能だからです。

ただ、これらの年齢配布の位置がそれぞれ接近しているだけに、実占としては難しいものです。

★波木独自の流年法★

波木独自の流年法

このような場で公表することに多少抵抗があるのですが、後進の若い人たちのために私自身が用いている流年法を公開しておきましょう。耳に対する流年は「飛び流年法」と全く同一です。私の流年法の特徴は、「耳」→「眉」→「眼」→「鼻」→「法令」→「人中」→「口唇」→「顎」と進んでいく方式を用いていることです。具体的に云えば「左耳」が1歳から7歳、「右耳」が8歳から14歳、「左眉」が15歳から19歳、「右眉」が20歳から24歳、「左眼」が25歳から29歳、「右眼」が30歳から34歳、「鼻」が35歳から42歳、「左右の法令」が43歳から59歳、「人中」が51歳から55歳、「口唇」が60歳から69歳、「下頤」が70歳から74歳、「顎(あぎと)」が75歳から80歳というような観方をします。また、眉とは別に「額」にも15歳から24歳の流年を配していて、実質的に15歳から24歳までは二重に流年を見るような方式となっています。これには、眉というのが毛の密集地帯ですので、眉の切れ目やホクロが目立つ場合以外、判別が難しいという観察上の理由も加わっています。ただ、実践的な面から云えば、必ずしも波木流の流年法が絶対とは言えません。むしろ、このような見方を土台として、種々研究・改定してほしいというのが私の願いです。

★流月・流日法★

流月・流日法

こ顔面上の相というのは、極端なことを言えば一瞬にして変ります。その変りやすい顔の相から未来の出来事を読み取ろうとした場合、流年以上に実占の場で活躍するのは、人相の「流月・流日の観方」です。古来秘伝とされていて、一般公開はしないものですが、「禁転載」を条件に公開しておきましょう。もちろん、この観方を用いるのは「いつ?」という時期指定を要求されたような時、或いはそれが必要と判断されるような事項・鑑定においての場合です。本人の鼻を中心として顔面輪郭に向けて12方位を配し、各月を方位学上と同じように配布して、その内側から外側に向け、1日から30日、或いは31日の日付を想定していくのです。そして、それらの方位における気色・血色の良悪によって、特定月日の運気の良し悪しを判断しようとするわけです。この場合、流年法と違って、ホクロ、キズ、クボミ、アザ、シミ、シワ、イボ、などは採用することはできません。何故なら、それらは毎年、同じ月日の位置にあることになるからです。

もう一つ、ここで秘伝を伝えておきましょう。年間における各月の運気は「流月・流日法」で見ることが出来ますが、その年の全般的運気はどこで見るかというと、これは鼻柱の中央部分の気血色で見るのです。古典的観相学ではこの部位を「年寿」と呼び、さらにその上部を「年上」と云って「年間の運気を見る部分」、下部を「寿上」と云って「生涯の運気を見る部分」としていました。けれども現実的には、上下合わせて「年間の運気を見る部分」とする方が実情に合い、さらに「年上」部分で「年の前半の運気」、「寿上」部分で「年の後半の運気」を見るのが妥当のように思われます。