四柱(子平)推命について少しでも知識のある方であれば、「大運法」と呼ぶ10年間ごとの運気の流れを予知する「仮想進運法」が存在することを知っているでしょう。流派によっては「10年間ごと」に統一していない流派もあるようですが、大運法が採用されているのは共通しています。

生涯にわたる運気の流れを予測する方法としては、その他に「三限区分法」があり、「生月支=初限25年」、「生日支=中限25年」、「生時支=末限50年」の運気をそれぞれ物語る―とする大雑把な判断方法もあります。

もう一つ、日本ではほとんど行われることのない方法に、四柱(子平)推命の「命宮」を使用して、その年の流年運を推し量る方法もあります。この「命宮」を基にした「運気の予測」は、中国系の占星術である「星平会海」や「十二歳建神殺法」でも、古くから用いられてきた方法です。

オーソダックスな大運法に基づく仮想進運では「3日を1年」として扱うのが普通です。

実は西洋占星術にも、「プログレス」と呼ばれる仮想進運法は存在しています。西洋占星術の仮想進運法には「1度1年法」、「1日1年法」、「ソーラーアーク法」、「平均進度法」、「1月1年法」、「後退法」、「惑星サイクル法」、「リターン法」などがあります。

四柱推命が確立されていく年代に相当しているアラビア占星術の時代(中国における五代・宋代・元代の時代)、すでに多くのプログレスの見方、判断の方法が行われていました。一見、種々あって複雑そうですが、実際には、すべて「1日1年法」の変形だと思ってください。

西洋占星術における「1日1年法」は、1日=24時間における見かけ上の太陽(360度間)の動きは、1年=365日間の横道上の太陽(360度間)の動きに相当している―という捉え方から出発しています。したがって、太陽をはじめとする1日後(約1度の移動)の位置変化によって生じる、新たな出生時惑星との関係変化は、1年後の運勢変化に比例している―と考えるのです。

これらに対して四柱推命の大運法は、「3日を1年と見立てる」方法であり、一見すると一致していないような印象を受けます。ところが、そうでもないのです。

四柱推命における「大運法」は、正確に云うと「1干支日=1年法」なのです。

天文暦干支暦

四柱推命の場合、当然のことながら「天文暦」ではなく「干支暦」を用います。干支暦というのは60干支循環による暦なので、1年間の間に「同一干支日」が「6日」存在しているのが通常です。

例えば、ここで例題として掲げた1996年6月21日生まれの場合、出生日としては「己丑日」に生まれているわけです。その「己丑日」は60干支ごと、つまり2カ月に1回巡って来ることになります。ですから、実際には、1年間の間に6回「己丑日」が巡っていることになるのです。

ところが四柱推命の場合、西洋占星術と異なり、男女の違いによって、仮想進運する方向が異なるのです。つまり、陽干の年に出生している場合は、「男命(男児)は順行」、「女命(女児)は逆行」と定められているのです。ですから、同一干支日は1年間に6回巡っているのですが、実際には出生日に男児と女児を同時に設けたと仮定した場合、365日間の間に「男命は3回」、「女命は3回」の同一干支日と巡り合う仕組みとなっているわけです。

一見、中国占術の独自性のようにも思える「仮想進運を逆行させる」という発想が、実は先に示した種々なプログレス法の中にあった「後退法」という見方・判断の仕方です。この方法は、基本的には「1日1年法」と全く同一なのです。唯一異なっているのは、誕生日から惑星進度を逆行させ1日1年と仮想して見立てていく点です。したがって、捉え方としては中国の大運法と全く同一なのです。中国と異なるのは、それを性別で逆行させるのではなく、「もう一つの未来」として捉えている点です。

四柱推命の大運法において興味深いのは、「3日=1年」と規定することで、生月干支を運勢の出発点とし、生まれ日から順行させるか、逆行させるかによって、生月干支を出生後何年で抜け出すか、明確に規定出来たことです。

「1カ月=30日間=10年間」と月干支間を見なすことで、たとえば月干支を抜け出すまでに10日間かかっていれば「3年と4カ月で脱出」と見立てることが出来ます。26日間かかっていれば「8年と8カ月で脱出」と見立てることが出来ます。

こうして四柱推命では「太陽日」である「日干」が、どの月支を移動中に運勢が強まるか、弱まるか、判別できる方法が採用されたのです。それは基本10年間の運勢でしたが、季節を重視する運勢判断では「四季は30年ごと入れ替わる」方式であり、人生の大要は30年ごととされていました。

アラビア系占星術の秘教学的解釈では、世の中の大きなうねりは「惑星統治期間」に支配されている、と考えられていました。ここでも「1日1年法」が使われていたのですが、アラビアにおける暦は「太陰暦」であり、1年を354日と3分の1日間と規定していました。

したがって1年ごとの惑星統治期間は実質的には「354年と4カ月間」であり、秘教占星学的には古代の7天使が支配していました。その順序としては、次のように定められていました。

土星≪オフィエル≫統治期間354年4か月金星≪アナエル≫統治期間354年4か月
木星≪ザカエル≫統治期間354年4か月水星≪ラファエル≫統治期間354年4か月
火星≪サマエル≫統治期間354年4か月月≪ガブリエル≫統治期間354年4か月
太陽≪ミカエル≫統治期間354年4か月  

これを惑星統治の「大周期」と呼び、各期間には1カ月別の惑星統治が「小周期」として定められていました。この1カ月間は「太陰暦」なので29日と2分の1日間であり、実質的には「29年6カ月間」となります。つまり、ほぼ30年ごと惑星統治が変わって運気が変化するとしていたのです。