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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


日本は「自由」、米&仏の結婚「手続き面倒」


アメリカは近年、婚約をするときに「婚前契約書」を取り交わすことが“普通”になりつつあるという記事を読んだ。特別な富豪とか有名人とかではなくても、一般人であっても「婚前契約書」を取り交わすことが“正式な結婚の証し”のようになりつつあるというのだ。結婚後の“金銭関係”を主とした契約だが、もちろん、離婚する場合の諸条件も含まれる。元々アメリカという国は“契約社会”で何でもすぐ契約を取り交わすことが当然となっている。おそらく婚前契約書も、そういう意識の延長線上にあるのだろうが、土台が“契約”ということに、それほど慣れていない日本人からすると、なんとなく抵抗感がある。フランスでも、こと“正式な結婚”に関しては、いろいろ面倒な手続きを必要とする。双方の親戚それぞれから承諾を得て、双方の地で“披露宴”を催さなければならないし、市民の公報などで公表する義務もあるなど、昔の慣習がそのまま継続されている。それもあって、フランスでは“面倒な手続きがいらない事実婚”の方が比率的に多くなる。確かイタリアの場合には、宗教上、離婚そのものが“出来ない”仕組みになっている。それらに比べると、わが日本は、何んと自由で簡単な“結婚制度”になっていることだろう。中国や韓国では“昭和初期までの日本”で行われていた「結納制度」的なものが未だに残っているが、現代の日本には“それ”もない。そういう点でも、いまの「日本」は、こと婚約や結婚に関して言えば、ほんとうに“自由な国”だと言える。それでいながら、日本の離婚率はアメリカやフランス(事実婚も含め)ほど高くない。離職率に関しても同様だが、日本人は基本的には、或る程度の妥協性や協調性を持って暮らしている。ただ“一人暮し”が長いと、誰でも“自分優先”が身に付き、なかなか妥協性や協調性が育まれにくい。あまりにも早くから実家を出て“単身での暮らし”が長く続くと、そういう意味では“共同生活が難しい”体質が出来上がってしまうかもしれない。別に契約書を取り交わさなくても、ごく自然に“結婚後の暮らし方”や“双方の役割”等が話し合われていることが望ましい。話さなくても通じ合っているのがいちばん良い。何かあった場合の協力体制も、状況に応じて、互いに“思い遣り”があれば何とか継続できるものだ。何も言わなくても、ふたりにとって、どういう暮らし方をすれば“愛のある暮らし”が継続できるか、我慢し合えるのか、解かり合って“入籍する”のが「日本の結婚」としては望ましい。
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