「single-blog.php」* 有料カテゴリ:「今日の迷信・余言・禁言」は月額1,200円で読むことが出来ます。// ざっくりとは終了 // Header画像を変更する事

今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


生きたまま「生れ変っていく」いくつもの方法


よく「生れ変って…」とか「生れ変ることが出来たら…」いう表現がある。この「生れ変る」だが、必ずしも実際に死ななくても、生まれ変ったとしか言いようのない人生を歩んだ人たちは多数いる。この場合、良い方に“生れ変る”場合もあれば、悪い方に“生れ変る”場合もある。必ずしも、生まれ変りは“良い方”に転ぶとは限らないのだ。柔道の分野で元90㌔級日本代表だった増山香補氏が、五輪などで“世界一”を目指すため、日本国籍を棄て、モンゴル国籍を取得したことを表明した。そして今後は引退後も見据えたうえで“モンゴル柔道界”に貢献し、日本とモンゴルとの国際交流の面でもそれなりの役割を果たしていけるよう生きていきたい……と宣言した。或る意味では「日本人」から「モンゴル人」に“生れ変った”ことの決意表明だった。もっとも、彼のルーツがモンゴルにあるかと言えばそうではなく、あくまでも純粋な日本人の母親・父親の元に生まれている。したがって、あくまでも五輪出場や世界選手権出場を果たすための手段として、モンゴル国籍を択んだ…ということに過ぎない。ただ引退後も見据えての宣言だけに、本人には並々ならぬ決意のようなものがあったに違いない。こうして、人は時々生きながらに“生れ変って”いく。別に“国籍の変更”だけが生まれ変ることではない。例えば“性別の変更”とか“宗教の変更”とか“家業(職業)の変更”とか“姓名の変更”とか“整形による顔貌の変更”とか“戸籍の変更”とか……さまざまなケースがある。いずれも、それまでの自分(過去)を棄て、新たなる自分(今後)に変わっていくことを社会的にも意味する。中でも“国籍の変更”は大きな意味を持つ。生国を離れて異国の人間となるのだから、文字通り“生れ変った心境”に立たないと変れるものではない。昔は女性が独り遠方に嫁ぐような場合も、似たような心境に至ったに違いない。いまはSNSの発達などもあって、遠方の地に居を移しても“生れ変る”というほどの意識には立てないかもしれないが、100年くらい前までの日本では“遠方の地に嫁ぐ”のは、文字通り“生れ変る”ような意識がなければ出来なかったに違いない。姓名の変更や顔貌の変更も、昔なら“大いなる決意”が必要だったに違いないが、今は“簡単なこと”に変わりつつある。実際、人というのは、顔貌を変え、姓名を変え、住居を変え、職業を変えれば、文字通り「別人」として生きられる。もしも、今の生活が嫌で、どうしても“生れ変り”たければ、顔を変え、名前を変え、暮らす地域を変え、職業を変え、過去の人達との“関わり”を一切経てば、嫌でも「別人」として周りも迎えるし、自らも“生れ変らなければ”生きていけないことになる。
「ex-module-past-post-list-01.php」出力:single-post用の過去記事ループ処理

過去の記事一覧今日の迷言・余言・禁言