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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「いつも目の前のことに精一杯」こそ生の極み


女優・歌手の大竹しのぶ氏が20日~30日までスパイラルホールで“歌と演技の独り舞台”を上演している。子供の頃から第一線を走り続けて女優だが、最近はミュージカルや“歌手”としての舞台も多い。今回の場合は、その歌と演技の両方を一人でこなし、最終的にその舞台で描かれていたのが“誰なのか”が解かる仕組みになっている“新しい試みとしての舞台”らしい。その彼女がインタビューの中で「いつも目の前のことに精一杯……反省ばかりの人生です」と語っていた。何が反省なのかはよくわからないが、常に精一杯…というのは何となく解かる。そして、この「いつも目の前のことに精一杯で…」というのは、多くの人たちに共通することでもあり、その結果として「反省ばかりの人生」というのもまた“多くの人達”が常日頃感じていることなのではないだろうか。まあ、わたしなどは多くの人と違って、いつも目の前のことに……というほど沢山、前の前のことがないし、常に“精一杯”と言えるほど一生懸命でもないし、何よりも“過ぎたこと”をほじくり返したり反省したりはしない。だから、そういう意味では彼女とは或る意味で“真反対な生き方”なのだが、ただ、ほんとうは彼女のような“生き方”の方が、人間の生き方としては尊いし、理想的なのではないか…という気がする。人間というのは、いつも“やらなければならないこと”が詰まっていると、その消化に負われるばかりで、文字通り精一杯で、それ以外のことに眼が向く暇がない。したがって“余計なこと”を考えなくて済む。人間は暇であれば暇であるほど、余計なことを考える。さらには余計な感情を持つ。余計な行動をとる。目の前のことが詰まっていると、そういうことがない。その結果として、あとになって反省するのは、その人が「自分というものを持っている」証拠で、目の前のことに追われながらも反省しないなら、それは“馬車馬のような生き方”であって、自分というものを持っていないのと同様になる。つまり、目の前のことに精一杯で……反省ばかりの人生は、もっとも人として必要とされている人生であり、その中で「自分というものを保とうとしている」人たちが、共通して感じる生き方ということになる。
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