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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


当時としては珍しかったが今はもう「普通」⁉


不登校の子供たちが年々増加している……という記事を読んだ。いろいろな意味で、そうなりやすい環境が出来ている。我が子が不登校になったからといって、昔ほど親は心配しなくなった。昔は、不登校は“珍しい存在”だったから、不登校になる子は「ふつうではない」とされたものだが、今では誰もそういう風には思わない。昔といっても、わたし自身の場合には大昔だ。わたしは中学一年生の終わり頃から二年生にかけて不登校だった。なぜ不登校になったのか、今では明確には思い出せない。ただ、わたしは体育の授業が嫌いで、健康状態を理由としてさぼるようになった。確か、それが最初だったような気がする。いや、もっと前にわたしは学級委員長だったのだが、バザーのお金を集計していて、足りなくなってしまったのだ。つまり、わたしが一人で必死に食券販売の対応をしていた時、そこに置かれた生徒たちのお金を“素早く盗む奴”がいたのだ。ところが、当時から“のほほん”としていた私は、それに気づかなかった。それで、担任の先生に呼ばれて、しこたま怒られた。たぶん、それが最初だった。自分が勉強など出来なければ、委員長などやらされることもなく、金銭トラブルも起きなかったのに……と勝手に解釈し大いに落ち込んだのだ。だから、自分の成績を落とすために最初は体育の授業をさぼり、その後、なぜか不登校にまでなった。ところが、これと似たようなことを、わたしの娘は行っていた。いまから30年ほど前のことになる。もっとも、その理由は大いに異なり、わたしが妻と離婚して、わたしだけが家から出ていったからだった。娘は半年間くらい小学校に行けなくなったらしい。ところが離婚直後であったから、わたしは、その話を知らなかった。何年も後になって、その話を聴いた。つまり、わたしも、わたしの娘も、不登校の体験者なのだ。だが、わたしの時には、特にそうだったが、不登校児に対しての対策とか窓口とか、そういうものは一切なかった。わたしは、毎日、一人だけで過ごしていた。それが苦痛ではなかった。そういうわたしでも、ちゃんと卒業は出来た。娘の方も、ちゃんと卒業が出来たばかりではなく、そのかなり先になってだが高校も、専門学校も、娘は学業トップで卒業した。だから、家庭環境など関係ないし、不登校も関係ない。人間、一時的に“躓く期間”などあったって、長い人生にはどうってことはないのだ。いまは、あまりにも不登校児たちに対しても優しい。そして、いろいろ手厚い印象がある。必ずしも、優しい環境だから、手厚く保護されているから、それが学習に良いとは限らないのだ。
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