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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「郷愁を誘う街」で昔に帰り「今」を削ぎ落す


昨日、私的な用事があって、同じ札幌市内の中でも“普段は行かない街”へと出向いた。そこは“昔からの人たち”と“学生たち”とが共存しているような街だった。考えてみると、もう札幌に定住してから50年くらいも経っているのに、ほんとうに自分が“知っている地域”なんて数えるほどしかない。札幌の街の中心とか、主要な地下鉄駅の周辺とか、何かしら必要性があって何度も行ったことがある場所付近とか、わたしの知っている「札幌」なんて、そういう点から言えばほんとうに少ない。とにかく昨日の街は、そういう意味ではほぼ“初めての街”を訪れたような印象深さがあった。何よりも印象深かったのは、古くからやっているに違いない“小さなお店”が多かったことだ。いつの間にか“大きな商業施設”に慣れてしまったせいか、こういう昔からの“小さなお店”というのが何故か妙に懐かしい。ところが、どのお店も意外なほど…というと失礼かもしれないが、地元の人達で繁盛している。わたしは小さなパン屋さんでパンを買い、その向かい側の二階にあった小さな食堂で食事をした。店名が何だったか憶えていない。だから、食堂と書いたが、実際にはレストランだったかもしれないし、カフェだったかもしれない。とにかく、食事のメニューには珍しい名前のものがあって、興味深かったので、それを注文した。わたしが「食堂」と書いたのは、大昔、わたしがまだ室蘭市に居た時、よく行ったお店に雰囲気が似ていたからだ。その店だって名前は憶えていないが、物でも、人でも、店でも、わたしは若い時から固有名詞を憶えるのが苦手だった。まさか昨日入った店が、わざと“レトロ風”に改装して始めていたわけではないと思うが、そこに置かれてあった椅子も妙に重くて、それでいて小さくて、テーブルに掛かっているビニールなんかも、懐かしい趣を持っていた。たぶん、学生街だからだろう、そこのご飯は最初から大盛りで、小皿の品もいくつか付録に付いて、そのどれもが“むかし懐かしい味”がして美味しく食べれた。いま「むかし懐かしい味」と書いたが、ほんとうに“そういう味”だったのかはよくわからない。もしかすると、その店の雰囲気が、わたしに“大昔の懐かしい場面”を想起させ、そういう味に思わせたのかもしれない。最近では“上品な店”が多くなったせいか、食べた後で“お腹いっぱい”と感じることは少ないが、昨日は文字通り“お腹いっぱい”という感じで店を出た。そうして、その街の“小さなお店”の前などを歩きながら、もうお店を出た後なのに街自体が“懐かしい風景”に視えてきた。そうして、日常の細かなことなど、どうでもよくなってきた。郷愁というのは、不思議なほど“癒し効果がある”ものだと歩きながら気づいた。癒されたければ“レトロな街”を歩き、レトロな店に入れば良いのだ。
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