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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


早く「ヒューマノイド教員」採用できる時代に


「ヒューマノイド」というのは「人間のような…」という意味だから早い話がロボットだ。この分野では中国が著しく先を行っている。とにかく、あらゆる分野の“ヒューマノイド型のロボット”を開発中なのだ。但し、中国らしいと言えばらしいのだが、それぞれの分野には特化しているが今一つ“人間的”という感じのヒューマノイドは、わたしの知る限りはまだ誕生していないような気がする。どういう部分での“人間的”を求めているのかと言えば、子供達を“教え導く”という意味での“倫理観を持ったヒューマノイド”のことだ。生成AIの進化で、いまや、そういうことも身に着けられる時代に変わりつつある。どうして、そんなヒューマノイドが必要なのかと言えば、先日、文部科学省から考えさせられる調査報告が上がった。ここ15年で公立の小・中・高校の教職員の退職理由として「精神疾患」を理由とする人が二倍以上に増えているからだ。15年前までは600人だったのが、昨年度は1300人以上となっている。特に小学校教員は800人を超えていて、いかに“精神を病みやすい職場”であるかが浮き彫りとなっている。昭和の前半までは、学校の先生と言えば、子供達を預ける保護者の誰もが“敬意”を抱いていた。なにしろ、子供達の将来が、先生たちの指導一つに掛かっている……と思われていたからだ。両親が敬意を抱けば、当然のように子供も尊敬・信頼を抱く。現代は、それがない。子供達の両親で、学校に対して、或いは教師たちに対して、日頃から敬意をもって接している人達など見たことがない。どこか“疑惑と不信の眼差し”で教職員たちを観ている。当然、それらは子供達にも伝播し、心から先生を信頼して“教えを乞う”という姿勢がまったく見られない。そういう中で仕事をしていくのは大変だ。特に子供たちを扱い慣れていない若い先生たちにとって、そういう子供たちを相手に仕事をしていくのは、よほどの覚悟がなければできるものではない。子供達が小さなうちから携帯電話を持つことも、教師として指導していくうえで、プラスに働くとは思えない。結局“子供たちを扱う”というコツのようなものが掴めないうちに、精神を病んでしまうケースが多いのだと思われる。こういう過酷な環境に強いのは、精神が病まないのは、我らがヒューマノイド教員以外にないではないか。彼らに対しては何よりも“日本人の倫理観”を強く埋め込み、そのうえでの教育知識を習得させる。相手がヒューマノイドと判っていれば、子供達も接し方に困惑しながら徐々に近づくので、問題が生じにくいのだ。そういう風に変えていくことで、幼い頃から“日本人らしい倫理観”を習得した子供たちが次々と誕生していくことになる。
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