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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「限りなく透明に近いブルー」というタイトル


小説のタイトルは、それを書いた作家の“人物像”と深く関わっている。そういう意味で『限りなく透明に近いブルー』(村上龍著)というタイトルの小説が出て来たとき、そのタイトルに惹かれて読んだが、正直、よく解からなかった。その時点では“群像新人賞受賞”の作品だったのだが、やがて、それは“芥川賞”を受賞した。どうしてああいう作品が評価されるのか、解からなかった。わたしはその頃、自分でも仲間と小説を書き始めていた頃で、だから、余計に解らなかった。当時のわたしにとっては“黒岩重吾の作品が命”で、ああいう作品こそ素晴らしいのであって、具体的な生活がわからない村上龍氏の作品は、絵空事に思えたのだ。黒岩重吾は原因不明の病気にかかって一時的に半身不随となり、その後遺症で“引き摺るような歩き方”をしながら、大阪・飛田でトランプ占い師として生計を立てながら、小説を書き『背徳のメス』で直木賞を受賞した作家だった。その後は、どちらかと言えば“社会派推理小説”と呼ばれるような分野で人気を得ていった。晩年は“古代日本史”を扱った作品が多いが、どういうわけかその死後には、どの書店へ行っても、彼の作品が置かれていない。松本清張など、未だに特集が組まれて、多数の作品が並べられているが、黒岩重吾の作品は見当たらないのだ。ところで、肝心の村上龍氏の方だが、武蔵野美術大学の出身で、それであれば「限りなく透明に近いブルー」というタイトルも、その人物像を確かに表している。或る意味で、あの作品は“抽象画”だったに違いない。そう思うと、必ずしも、おかしな作品とは言えなくなる。実際、その後の村上氏は輝かしい受賞歴やベストセラーを生み出している。わたしは彼のTV番組「カンブリア宮殿」もよく観たが、小池栄子氏とのタッグがなかなか似合っていて、初期の頃は村上氏の方がリードしていたが、近年は小池氏の方がリードする形で番組を進めていた。ただ、最近は“元気が乏しい”印象で「透明なブルー」とは程遠い印象で「泥臭いブルー」になっていた。どちらかというと、若い時から恵まれた人生だっただけに、70代に入って“時代の先端を走る”ことに息切れしてしまった印象を受ける。どっちが良いのかわからないが、若くして寵児となるタイプより、どちらかと言えば“泥まみれ”の中から出てきたような人物の方に惹かれてしまうが、むしろ村上氏の場合には、小池氏にリードされて座っている時の方が何かしら“ほのぼのとしていて”わたしには魅力的だった。
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