世の中では“さまざまな生き方(LGBT)”をする人が増えて来たことで、それに合わせて小中学校の教育現場でも「性の多様性」をどう教えていくかが緊急の“課題”となっているらしい。それはそれで必要なのかもしれないが、私にはもっと総括的な「それぞれの個性を尊重する」ということを学校教育として、幼い頃からもっと教えていくことが重要な時代になってきていると思うのだ。それが広く行き渡らない限り「イジメ」も「偏見」も無くならない。「それぞれの個性を尊重する」という考え方が、幼い頃からしっかりと根付くことで、どういう外見であるとか、どういう性格であるとか、言葉や習慣が違うとか、子供にとって“違和感”を抱きやすい部分があったとしても、それはそれとして受け入れる意識が自然に育まれていくと思うからだ。教育現場において、公平性を保とうとしすぎて「みんな一緒」的な考えを強調しすぎると、そこから“外れる部分”がある子供を「仲間」として認めない気持ちが無意識に生じてきてしまう。それは本能のようなものだ。現代の「イジメ」や「偏見」には、そういう“違和感”から発生するものも多いように思う。「それぞれの個性を尊重する」という考え方が幼い頃から広く行き渡れば、何となく違和感ある人種的ハーフの子、障害児の子、先天的なLGBTの子であっても、すんなり「仲間」として受け入れられるようになるはずだ。外見的な違いも、言葉の不足も、行動の特異性も、雰囲気的な異様さも、誰もが「変だけど多分それも個性なんだよね」と幼い心で納得する。この“納得する”ということが、実は人が人を受け入れるためにはとても重要なのだ。動物の世界だってそうである。「仲間」として納得したものだけが受け入れられる。人間も元々は“本能的な嗅覚”によってそれを嗅ぎ分けている。だから“仲間はずれ”を意図的に行うのは、本能的な“違和感”があるからなのだ。けれども、それを幼い頃から正すのが教育である。今は「みんな一緒」という教育の仕方をしがちである。ところが、そうすると「一緒じゃない人」が出てくる。だから、それを排除するためイジメや無視が生まれてしまうのだ。それを「個性の尊重」に変えることで、違っているけど仲間なんだ、という捉え方に変化する。そうすると、みんなが納得したうえで「仲間」が増えていくのだ。本当は「国」同士にも、この方式が通じると良いのだが…。
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