「single-blog.php」* 有料カテゴリ:「今日の迷信・余言・禁言」は月額1,200円で読むことが出来ます。// ざっくりとは終了 // Header画像を変更する事

今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「AI依存症」の人達が「一気に急増する」日本


最近は別に流行好きな人ではなくても、日常会話の中で「AI」という言葉が“ふつう”に飛び出すようになっている。数年前には考えられなかったことだ。こんなに急速に日本人の中であっという間に浸透したのは何故だろう。一番の理由は、妙な言い方だが“一応信じられる相手”だからだ。つまり、最近の世の中は“信じられる相手”というのが少ない。それは“嘘つき”とか、そういうことではなくて“社会の仕組み”自体が複雑になっていて、何が何と繋がっていて、誰が誰と通じ合っているのか、判然としていないからだ。或る意味では世の中の仕組みが、単純ではなくなり、その結果、人間同士の“信頼”を奪っている。そういう中で、人はだんだん周りを信用しなくなっていき、自分の考えとか、気持ちとか、予想とか、そういうことを話すことを怖れ出し始めている。昔は、信じられる相手に話すことで“安らげた”のだが、今は誰もほんとうには“信じられない”状態となっていて、その結果として、一応、自分を“理解してくれそうな対象”として「AI」がそこにある……というようなケースが多い。だから、多くの人は、特に潔癖感の強い日本人は「AIに訊く」という日常が妙に“板につき始めて”いるのだ。もっとも、それでは「AI」はそんなに信用できるのかと言えば、実はあまり信用は出来ない。なぜなら人間同士の対話で多い心底思ってはいないけど“一応言葉にしてみること”とかに対し、答えなくてもいいのに答える。つまり、だんだん「ウザイ奴」になっていく。だから、情緒性が豊かで、想像力に富んだ人ほど、徐々に“付き合いづらい相手”に変わっていく。それなら訊いたりしなければ良いものを、いったん、訊く習慣が身に付いてしまうと、それが癖になって止められなくなるのだ。つまり「AI依存症」になる。いつの間にかなる。どういうわけか、孤独な日本人には“当たり障りのない相手”である「AI」は傍に居て邪魔にならない。だから、いったん、訊く習慣が付くと、手放すことなど出来ないのだ。こうして、ほんとうはあまり信用してなどいないのに、それでも誰よりも身近に“つい訊いてしまう相手”として数年後の日本では「AI依存症の人々」が社会問題化していく。
「ex-module-past-post-list-01.php」出力:single-post用の過去記事ループ処理

過去の記事一覧今日の迷言・余言・禁言