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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


佐藤二朗氏の「言い分」の方が理に適っている


フジテレビで、またしても問題が起こったようだ。夫婦設定のドラマで、過去の体験から“身体接触の制限”がある女優に対して、夫役俳優が身体を触り、そのことでプロデューサーから“制限の存在”を知らされ、夫役の俳優が女優に対して「俳優を続けるべきではない」という趣旨の発言を行ったという。ところが、その発言が「ハラスメント行為」だとして、週刊文春や女優側弁護士や事務所から抗議を受けている。それに対して、男性俳優側事務所も「正しく伝えられていない」として反論している。どうも、最近はこの種の問題が多い。今回の件に関して言えば、わたしには男性側の主張の方が“理に適っている”よう思われてならない。役者というのは、その“役になりきる”ことで成立する職業だ。もし、身体接触によるトラウマがあるなら、わざわざ身体が触れてくるような職業を択ぶべきではない。しかも、今回の場合には“夫婦役”という設定で、身体が触れるのは或る種“必然性がある”よう思われる。というか、仮に夫婦役でなくても、役者は“その人物に成りきる”ことが、職業的な第一歩のはずで、それに“成りきれない女優”を、わざわざ何故用いたのか。フジテレビ側の俳優指定が理解に苦しむ。しかも、事前にそのことを男優側には知らせていなかったようで、それも理解に苦しむ。その男優が一応のアドバイスとして、女優に対し「俳優業を続けるべきではない」と言った行為がハラスメントに当たるというのだが、先輩が後輩に対して「この職業には不適ではないか」と述べるのが、どうしていけないのか。この先も俳優業を続けるなら、当然、恋愛ものとか、夫婦ものとかの役も“演じなければならない”はずで、それを考えれば、先輩として後輩に対してアドバイスするのは何ら問題ではない。仮に“余計なお世話”だというなら、もし、将来的に彼女が“演じられるもの”が無くなって収入に支障が生じた時、誰が助けてくれるのか。助けることも出来ないのに、お節介なハラスメント行為だと、どうして決めつけることが出来るのか。更に週刊誌は、なぜ、役者という“特異な職業”の本質を解かってあげようとはしないのか。土台が“役に入り込めない役者”など使い物にならないのだ。そういう役者を使うから、最近の日本のドラマは“希薄なもの”が多くなるのだ。本気で描こうと思ったら、その役に没入できる役者を使わなければすぐれた作品は生まれない。
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