11月, 2022年

「七代タタル」という名前は誰が名付けたのか

2022-11-30
5人組のラウドロックアイドル「EVE」のメンバーであった“七代タタル氏”が11月21日に死去していたことが報道された。所属事務所によると“不慮の事故”ということで病死ではないらしい。享年20歳の“若い命”であった。俗にいう「地下アイドル」だったらしいので、ほとんどの人は知らないであろう。しかも今年6月にデビューしたばかりで、そういう意味でも“無名のアイドル”に近かった。ただ彼女自身の“書き込み”など見ると、直前には病気になっていたらしくステージを欠席している。したがって“不慮の事故”という発表がやや奇異に思える。七代タタル氏の画像を観たが、異様なほど目が大きく、これは整形したものであろうか。近年、若い女性たちの間で“異様なほど目を大きくする”美容整形が流行っている。目を極端に大きくすると“人形のような”顔立ちとなる。元々口や下頤の小さな人は、より“人形っぽく”視える。彼女の場合も、元々が華奢な顔立で眼だけが大きいので増々“人形っぽい”印象を与える。ただ観相学的な観点から言うと、人相上の五官(目・鼻・口・耳・眉)はバランスが大切なのだ。極端にバランスを欠いて大きいとか小さいのは運勢上良くない。特に目だけが極端に大きいと、現実の暮らしと“理想とする暮らし”とのギャップが目立つことになり、俗にいう“足が地に着かない”人生となりやすい。もう一つ、わたしが何よりも気になったのは「七代タタル」という名付けである。もちろん、これは本名ではない。ロックバンドでは時々こういう“妖しい名前”を用いる人がいる。彼女の場合も、何かの漫画からヒントを得たのか「七代タタル」を使っていた。この名前は本人が付けたのか。それとも誰か事務所社長とか、マネージャーとか、バンドリーダーとか、そういう誰かが付けたのか……使用してはならない名前なのだ。昔から、奇妙奇天烈な名前は“厄除け的な意味から”用いられることがあった。ただ本名の場合は、それをずっと使い続けなければならない。一見して“楽しい名前”ならまだ良いが“怖い名前”“妖しい名前”は極力避けた方が良い。特に「七代タタル」という名は、文字通り受け止めれば“先祖の因縁”が祟って来る名前ということで、たいへんに危険な名前ではないか。もし彼女自身が自分で名付けたのなら仕方がないが、もしも誰かが“名付けてやった”のなら、彼女の死が、その後の“連鎖”を呼ぶ可能性があることを知っておいた方が良い。

「日本」の「マスク解除」はやって来るのか⁉

2022-11-29
海外では多くの国が「ノーマスク」に切り替わった。その一方で「中国」では“ゼロコロナ隔離政策”が批判を浴びだしている。わが「日本」は欧米と中国の“中間”ともいうべき「一応マスク政策」が現在も続いている。そこで、どうしても問題が起こる。11月27日銀座三越で“マスク着用”をお願いする男性店員と、それを拒否する女性客との間で“ひともんちゃく”があった。客側はそのやり取りの顛末を動画撮影していてSNSに投稿。「マスク着用を店側から強要された」と世間に訴えた。もっとも日本では、それに加勢する人は少なく、逆に店側の対応を擁護する意見が目立ったようである。確かに、投稿女性の言うごとく、エスカレーターを乗り継ぎ3階まで追いかけて来て「マスクをしないと商品を買わせない」と言ったのは“強要”にも聴こえる。したがって、それは批難されても仕方がない。ただ投稿女性の方も、その男性店員の顔をボカさず、名前まで意識的に晒して批判したのは問題がある。双方ともに問題があるよう私には感じられる。デパート側としては、それが原因でひとりでも感染者が出ると、営業不可となり「三越」の名前に傷がつき多大な影響が及ぶ。それを食い止めたかったのであろう。ただマスク着用だから“感染しない”という保証もなく、海外の多くの国がノーマスクを推奨し始めている。そういう時期にあるので、こだわりすぎるのもどうかと思う。欧米から来ている観光客の中にも、一応ルールに従っている人々もいるが、そうでない人々もいる。デパートの場合、外国人であれば“見逃し”ても日本人なら“追及”となればアンフェアな気もする。その辺は或る意味でケースバイケースの部分もあり、とりあえず今や“強要”はすべきではない。それでなくても日本人は潔癖感が強く用心深い。黙ったままだと、いつまで経ってもマスクを着用し続ける可能性だってある。もう少し店側も“自然なカタチ”でお願いをし、客側も時と場所と状態に応じて“使い分ける”くらいの融通性があっても良いよう私には感じられる。

「欧米的な価値観」こそが「自殺」の元凶⁉

2022-11-28
倖せは「科学では買えない」そんなことは誰だって感じているが、それでも多くの人は最新家電やIT機器を求めたがる。何となく“最新の世界”が暮らしに充実感を与えてくれるような錯覚を持っているからだ。もちろん、どんなに“最新”を追いかけても、そこに“倖せ”は売っていない。そういう現実を改めて感じさせる記事を読んだ。南米のアマゾン流域の先住民たちの村で「若者たちの自殺が多発している」というのだ。もちろん先住民たちの村であるから人口は1200人ほどと少ない。それでも、貴重な若者たちの自殺が相次ぐとなってくれば、何らかの対策を打たねばならない。そこで彼らが行ったのは先住民の祈禱師による「悪霊払いの儀式」と実質的な「若者たちの隔離生活」である。「隔離生活」と言っても、元々この村は近郊の街から遠く、車では簡単に入って来れない。つまり先住民であるティクナ族の“純血”が守られている村なのだ。それなのに、いつの間にか欧米の「悪霊」が侵入していた。悪霊とは、アルコール、サッカー、そしてロックだ。これらが、この村の若者たちに対して悪習をもたらす。つまり伝統的なティクナ族の暮らし方や価値観を嫌って、普段から酒を飲み、サッカーに興じ、ロックを聴いて愉しむ。古代から綿々と続いてきた儀式や信仰や呪術を嫌って、無秩序に欧米の悪習を受け入れている。その結果、急速に若者たちによる“自殺の連鎖”が続いているのだ。その対策としてとられたのが、若者たちから“欧米の機器”を奪うことだ。酒を辞めさせ、サッカーを禁止し、ロックを聴かせない、そして一番は“麻薬であるコカインから引き離す”ことだ。ペルーの国境に近いこの街は“コカイン”が手に入りやすい。それが元凶だと長老たちは考えている。欧米から持ち込まれたさまざまな“危険物”が徐々に若者たちから信仰心を奪い、脈々と伝えられた伝統的儀式を軽んじ始めている。その結果としての自殺者急増なのだ。アマゾン奥地に生息していくためには、それなりの儀式や伝統が必要なのだ。近郊の街に出て学舎に学んでも、差別やいじめに遭うケースが多い。アララの村に倖せをもたらすのは“欧米の文化・機器”ではないのだ。

「師匠夫人に暴力」で既に土俵際「逸ノ城」⁉

2022-11-27
師匠と弟子が対立することは、どの世界でもよくある。ただ、そこに弁護士が介入してくるとなると問題は複雑化する。現在、そういう状態にあるのが相撲の湊親方と幕内力士の逸ノ城との関係のようだ。ちなみに逸ノ城という力士はモンゴル出身の“日本人力士”だ。どういうことかというと、昨年9月に帰化して「三浦駿」となっているからだ。ところが、どうもこの帰化した辺りから、師匠や師匠夫人との関係がおかしくなっていったようだ。湊親方夫人に対して“暴力をふるった”というのは、肝心の夫人も逸ノ城も“無言”を貫いているので本当かどうかはわからない。ただ、この種の話は“何もない”ところからは出ない。この逸ノ城という力士は、192㎝で212㌔という巨漢だ。そして“大酒飲み”として知られる。仮に本人は“暴力”という意識がなくても、女性であれば恐怖を感じて当然の外見であることは間違いがない。昨年、帰化して後の逸ノ城は、これまで以上に素行が悪くなったとされる。飲み過ぎで連絡が付かなくなることがしばしばあったらしい。そうなれば、相撲社会においては“おかみさん”の管理に問題ありとされてしまう。それゆえに注意を与えて口論となった可能性もある。この力士は巨漢であるだけでなく、実力も持っている。今年7月の名古屋場所では優勝もしているのだ。だから、腫れ物に触るような“扱い方”となりやすい。ところが、その後は6勝9敗となり、今場所は3勝11敗となっている。こうなると、どうしても“精神面”に問題や弱点がありそうに、誰でも思う。ところが、この問題が表面化して後、彼は“弁護士”を通じてしか会話をしたがらない。我がままというか、駄々っ子というか、このまま放置は出来ないということで相撲協会が乗り出す事態となっている。私は大昔のことを想い出す。そういえば“似た力士”がいた。一度も優勝せず、横綱にまで上り詰めた人物。北尾光司氏の「双羽黒」がそうだった。彼は横綱になったが、その後に師匠夫人と“大喧嘩”となって暴力をふるい、部屋を飛び出し「破門」された。その後、スポーツ冒険家という名称で、総合格闘技やプロレスラーとして一時的に活躍したが、そのどれもが長続きしなかった。いちばんの問題点は練習とか基礎的訓練とかを嫌がることだった。これでは、どんなに素質があっても大成は出来ない。結局、中途半端なままで消えていった。同じような方向に進まないことを逸ノ城には願うが、何となく“そっち”に向かいそうな気がする。マスコミが彼に与えたのは「未完の大器」という名称だ。どんなに素質があっても“社会のルール”を逸脱して生きていくことは出来ない。

「そのパンチ」2階級覇者を「あの世に送る」

2022-11-26
格闘技の試合は、真剣であればあるほど“死”と向かい合っている。2021年10月16日、メキシコのカンクンと言えば“マヤ遺跡”で有名な地域だ。その日WBC主催で行われたボクシングの試合で、元2階級制覇者として名高いモイセス・フェンテス氏(37歳)は動きが鈍く“KО負け”をした。倒れ方が悪く、すぐドクターが呼ばれて診察したが反応がなく病院へと緊急搬送された。格闘技の試合では、こういうことがときどき起こる。フェンテス氏の場合、病院での検査で脳に血栓が見られたので緊急手術が行われた。そうして、その後はメキシコシティの方に病院を移して、治療とリハビリとが行われてきた。一年以上が経過した一昨日11月24日、最期まで意識が戻ることはなく遂に死亡が確認された。真の格闘家はリングで生まれてリングで死ぬ。彼は2007年にプロデビューしている。その時が、新しく“生まれ変わった日”なのだ。そうして4年後に“ミニマム級”の世界王者となり、その2年後には“ライトフライ級”の王者ともなった。つまり一時的ではあっても“2階級”を制覇した男なのだ。軽量ではあっても“世界で一番強い男”に時代があったのだ。けれども、格闘技の選手は総じて崩れ出すと早い。運命そのものも“歯車が狂ってくる”ケースがしばしば見受けられる。彼は“真の格闘家”らしくリング上で倒れて、そのまま病院送りとなった。格闘家にとって“リング上で死ぬ”ことは最高の花道である。プロレスラーの三沢光晴氏はリング上で動かなくなり、そのまま“あの世”へと行った。同じく高山善廣氏は首から下が動かなくなり、今もリハビリ中だ。同じく大谷晋二郎氏はこれまた身動きが出来ない。これらの人々は試合中に“あの世”の手前まで行って病院送りとなった。三沢氏の場合は、社長という重責を担いながら試合を続けていたので、或る意味では“あの世”まで運ばれたことで肩の荷が下りたかもしれない。よく“格闘技”を「ショー」として“真剣勝負ではない”と決めつける人々がいる。仮に“ショーとしての部分”があるとしても、死と隣り合わせで行う仕事であることは間違いがなく、そういう仕事は“或る種の覚悟”がなければ選べない。私は、そういう“そういう覚悟”の中で仕事をしている人達がたまらなく好きだ。

なぜか「美女たち」は「ドバイ」にお引越し⁉

2022-11-25
最近、ふと気になったことがある。なぜか“美女たち”は中東ドバイに“お引越し”している人達が多くなってきた。その一人である小泉里子氏がドバイの自宅リビングで“お好み焼き”をしたら、部屋の中が臭くなって汚れてしまい4階も雑巾がけをしなければならなくなった……とSNSに投稿している。文字通り街中の高層マンションの高層階に居住していることを窺わせるが、ご主人の仕事に伴ってのドバイ移住らしい。彼女の場合は自発的なドバイへの移住ではないが、自発的にドバイを択んだのは同じように美女モデルとして名高いMALIA氏だ。これまで何度も結婚と離婚を繰り返している彼女だが、今年の8月に将来の子供のことを考えてドバイ移住を決めたという。さらに、今年の10月からドバイへと移住してきたのは若い21歳の女優・モデルの山之内すず氏だ。彼女の場合は越してきたばかりで、果たしてこの地に定着するのかわからないが、ドバイにきて初めて美容室で髪を切ったと報告している。それぞれ理由も違えば、引っ越した時期も異なるが、何となく欧米型の美女はドバイを好むようだ。そういえば、かつては“秒速で巨万の富を動かす男”として知られた実業家の与沢翼氏も2016年からドバイを本拠地としている。プール付きの広大な邸宅が完成したらしいが、残念なことに奥様や子供はシンガポールに残っているらしい。ドバイの贅沢な暮らしを好んでいないようだ。確かに、ゴボウが3000円以上もする国は通常の日本人にとって“暮らしやすい国”とは言えない。贅沢旅行先として、たまに訪れるのには良いかもしれないが、一年中を過ごす場所として、その気候も含め日本人には快適とは言い難い。それでも日々華やかな変貌があって刺激があって“セレブな人々”にとっては“豊かさ”を満喫できる背景はそろっている。「世界一」と名の付くものが多いからだ。もちろん世界中から“超お金持ち”の人々が移住してきている。自らの外貌に自信のある女性にとっては“運命の出逢い”が待っている……そういうロマンも掻き立てる所なのだ。

次は「ヤケド」で済まない食席「炎のショー」

2022-11-24
前から危惧していたことが沖縄の“ステーキ店”で起こった。目の前で分厚いステーキを焼き、それに香り付けするためのアルコールをかけ火を点ける「フランベ」と呼ばれるパフォーマンスでの事故だ。炎が大きく舞い上がりすぎて客席に居た5歳の男児と40代の父親とが火傷を負ったのだ。男児は顔と手に、父親は手と胸部に火が点いた。幸い近くに居た医療関係者がすぐ手当てしたので大事には至らなかったという。この種の“ショーもどき”の接客が流行りつつある。写真映えするので、黙っていてもSNSなどで拡散しやすく、宣伝効果が大きい。最近は飲食それ自体よりも、その“華やかな見た目”とか“可愛らしいセンス”とか“驚きの出来栄え”とか、そういうものを“売り”にする飲食店が多くなった。もちろん、見た目的にカワイイとか、美しいとか、面白いとか、ユニークとか……それらは確かにSNS受けするだろうし、店側にとっても“宣伝費”と思えば、力を入れようとするのも解らないではない。けれども、そのために“何らかの危険”が伴うことに関しては慎重でなければならない。特に「火」や「熱湯」を扱うものに関しては十分すぎるほどの配慮が必要だ。別に客は、そのパフォーマンスのために来客しているわけではない。いや、そういう人物もいるかもしれないが、そういう人物は“常連客”になどならない。一時的には客が集まっても、それだけだと長続きは出来ないのだ。もしショーを売り物にしたいなら、最初から“パフォーマンスの店”であることを打ち出せばよい。海外に行くと、無理やり客をステージに上がらせて“ショーに参加させる店”等もある。あれも考え物で、誰もがステージに立つことを愉しめるわけではない。日頃の疲れを“のんびりした気分”で飲食したいだけの時もある。無理にステージに連れ出されたら、嫌でも彼らに合わせなければならない。嫌がる人だけは強引に連れ出さないことだ。近年はSNSの流行で、どうしても“写真映え”しなければ“おいしいもの”ではないかのような錯覚が生まれがちである。日本料理やフランス料理など、昔から“見た目”を重視してきたものはともかく、ごく一般のレストランまで“見た目”にこだわりすぎるのは何となく虚しい。

東京だけでなく主要地域に「赤ちゃんポスト」

2022-11-23
東京都の医療法人「モルゲンロート」が2024年秋に開業予定の産婦人科医院に「赤ちゃんポスト」を併設予定として、東京都の小池知事に協力を求めたと報道されている。確かに「赤ちゃんポスト」は行政の協力がなければ、実質的に運営していくことは難しい。乳幼児を匿名で預けられる「赤ちゃんポスト」には支持する人々と、反対する人々とがあって、それぞれに“考え方の相違”がある。正直、どちらにも“絶対的な正しさ”はない。けれども現在、熊本にある「赤ちゃんポスト」によって“救われた命”がたくさんあることは事実だ。この医療法人は「赤ちゃんポスト」だけでなく「内密出産」や「養子縁組」に関しても積極的にサポートしていく予定であるらしい。「多様性」という言葉が世界的に使われるようになって久しいが、妊娠・出産・子育てに関しても、これからの時代は“さまざまなケース”が想定される。古代から現代まで続いてきた“オーソドックスな形”ばかりとは言えなくなりつつある。行政は、こと“婚姻”に関しては“新しいカタチ”に対応しようという動きもあるが“妊娠・出産・子育て”に関しては、古いカタチというか昔ながらの考えというか、そこからなかなか進みだしていないよう感じられる。その一方で、さまざまな理由から“子供”を得たくても、得られず“子供をあきらめる”カップルも多い。妊娠したくないのに“妊娠してしまう”女性もいれば、妊娠したいのに“妊娠できない”女性もいる。その双方にとって「赤ちゃんポスト」制度は、幸運をもたらすものとなる。そうであれば、さまざまな問題はあるにせよ、とりあえず“この種の病院”はあった方が良い。もっとも東京や熊本だけでは足りないはずで、各主要都市に存在していくことが“新しい時代”にはふさわしい。倫理的な問題とか遺伝的な問題とか“さまざまな課題”があるので、一挙に増やすとか、行政が率先するとか、そういうことは難しいのかもしれないが、少なくとも「新しい命」を“棄ててしまう”ようなことより“生かしていく”一つの方法として「赤ちゃんポスト」はあった方が良い。それも主要都市に一か所はあった方が良い。行政が経済面も含めて協力してあげることは出来ないものなのだろうか。

「安らかな眠り」妨げる「死者住居」の問題⁉

2022-11-22
死者の“住居”と言えば「お墓」だが、近年は徐々に「納骨堂」が“それ”に変わりつつある。なにしろ「お墓」は高い。それに遠いところが多い。ひんぱんに“お参り”出来ないくらいなら、近くに置いて雨風もしのげて、現代的で安価な「納骨堂」の方が良い。ということで大都市では近年「納骨堂」ビジネスが大流行りのようである。ところが、その納骨堂の経営が傾いた時、どうなるのか、ということをほとんどの人は考えない。札幌の東区に「御霊堂元町」というロッカー式の納骨堂があった。2012年に開業した「白鳳寺」という宗教法人が経営していた。1柱30㎝角の納骨堂を30万円で販売している。プラス年間の維持費・読経費などで6000円という販売価格だ。これが相場的に“安い”か“高い”かは、よく解からない。多分、平均的なのではないだろうか。もちろん家族一緒に9柱250万円というのもある。1500基の容量で773基が埋まっていたらしい。ちょっと少ないようにも感じるが、ガラ空きというのでもない。お布施などの収入もあるので、通常なら経営破綻するような納骨堂ではなかった。ところが、その周辺産業(葬儀屋・墓石会社)に利用される部分が多かったようで、赤字経営を続けていたようだ。そして、とうとう競売に賭けられることになり、市内の不動産会社がこの物件を取得した。ところが競売に賭けられたのちにも、利用者募集を呼び掛けていたようで、誰も“持ち主”が変わっていることを知らなかった。そして突然「白鳳寺」の代表者が“雲隠れ”してしまった。こうして“事態”が一挙に明るみに出た。こうなると、もう“永大供養”はしてもらえない、ということで遺骨を引き取りたいと願う人。返金を求める人。継承してほしいという人。今後どうなるのかを説明してほしいという人。さまざまな人が現れる。何しろ仏事は「宗教法人」の管轄であるから、取得した不動産業者はどうすることも出来ない。すったもんだの挙句、取得した不動産業者が周辺事業も買い取り、経営を引き継ぎ、市民に奉仕したい、という話になったようだ。安らかな“眠り”を妨げられた死者たちも、一応は安堵したことであろう。今後、多くなっていきそうな死者住居の“安眠問題”……やっぱり“安い住居”には死後世界でも「立ち退き問題」が降りかかってくるようで……。

恋愛せずに「恋愛の歌」を“歌うこと”禁止に⁉

2022-11-21
その記事を読んでいて“ナルホド”と納得することが一つあった。AKB48などのアイドルグループに存在している中での「恋愛禁止」という“暗黙のルール”があることだ。どうしてなのかは知らないが、アイドルグループに所属している場合は、公的には“恋愛禁止”となっているらしい。ところが、これまでにもたくさんのメンバーが“それ”を破った。その結果、さまざまな罰則を受けたり、バッシングを受けたりしてきた。今回、AKB48の総監督となっている向井地美音氏は、メンバーの一人が週刊誌に交際報道が出たことを受け、もうそろそろ“恋愛禁止ルール”を見直すべき時代に来ているのではないかと提起し、近く“その結論”を公表したいと結んだ。なかなかにリーダーらしい勇気ある発言である。もっとも、私に言わせれば、元々“そういうルール”を持ち込んだ人物が悪い。まあ、十代半ば~二十代前半の若い女子たちが多いので“そういう足枷”をかけておくのは風紀的には正しいだろう。子供達を預かる芸能事務所側としても、親御さんから大切な子供たちを預かり、お金をかけて“売り出す”のだから遊び歩かれては困るわけで、その分“稼いでもらわないと”採算が合わない。そういった事情もあって「恋愛は百害あって一利なし」のような考え方になるのも解らないではない。ただアイドルグループは人数が多い。監視が行き届かなくなるのは致し方がない。今回の向井地氏の発言は、或る意味“的”を得ている考えで、もはや「アイドル」をがんじがらめに拘束する時代ではない。年齢的に“自己責任”がどこまで通用するかは疑問だが、少なくとも、18歳以上のアイドルには“自己責任における恋愛解禁”を打ち出すべきだろう。但し、仕事に支障が生じるような場合には“即座に解雇する”という罰則を附け加えれば良い。既に、公共の場で収入を得て仕事をしているのだから、それくらいは当然のことなのだ。各芸能事務所が共通して“このルール”を打ち出せば、これまでのような混乱とかバッシングとか我がままとかは生じなくなる。それぞれのタレントや歌手を抱える事務所が、異なったルールでいる限り、大時代的なルールは暗黙のまま継続されることになる。本来、アイドル歌手というのは「恋愛」の歌を歌うことが多い。にも拘らず、恋愛そのものを全く知らないというのでは、恋愛の歌を心を込めて歌えるはずがない。根本的に“恋愛禁止”というのは間違っているのだ。だから、恋愛の歌であっても、どこか“他人事”のことのようにしか歌えないアイドルが多いのだ。

「なんとなく怖い人達」が周りに“いる”かも⁉

2022-11-20
世の中には「なんとなく怖い」と感じる人たちがいる。私のように普段“のほほん”と暮らしていると、そういう人の話などを聴くと、改めて「世の中にはいろいろな人がいるなぁ」と妙な安心感を抱いたりする。11月15日、千葉県八街市の住宅街に車から一人の女性が降り立った。その手には大きめの買い物袋がが握られていた。60代半ばとおぼしき女性は、スタスタと目的地にたどり着き、その玄関の取っ手部分に買い物袋をひっかけると、また何事もなかったかのように乗ってきた車へと戻り、どこかへと走り去った。これは四度目だった。同じような時間帯にやって来て、ドアの取っ手に買い物袋をひっかけ、黙って去っていく。防犯カメラを観ても、その様子は、我が家の玄関までいったん戻って、また仕事に戻っていくかのような自然さが感じられる。けれども、彼女はその家の住人ではない。また、その家の家族は“その人”に心当りがなかった。玄関に届けられるのは袋いっぱいの花々だ。花屋さんから購入してきたばかりのような花々だ。どうして、やって来るのか、まったくわからない。ピンポンを鳴らすでもなく、家の中に向かって声を掛けるでもない。黙って来て、黙って花を掛けていく。なんとなく怖い。11月17日、北海道の旭川市のアウトドア用品店では1着10万円もするジャケットが盗まれた。店の人は、その人に何となくの“不審”を感じてはいたのだが、他の客の対応に追われていたので、あとになって窃盗犯と気付いた。ところが、その窃盗犯は店側が“気付かなかった”とでも勘違いしたのか、なんと、その翌日も店にやって来たのだ。もちろん店側から通報があって警察官がすぐ到着し、その男は御用となった。生活が苦しく、転売目的で盗んだことを正直に話している。もちろん、翌日も来たのは“また盗む”目的からだった。彼にはその店が“盗みやすく”思えたからだった。う~ん、バカなのか、大胆なのか……。11月18日、東京の台東区の路上で65歳の女性が、背後から来た30代の男に手提げかばんをひったくられそうになった。女性は必死に抵抗し、7メートルも引き摺られながら手提げかばんを守った。その様子を道路の向かい側から見ていた30代の女性が、ひったくりに諦めて逃走した男を50m以上も追跡、偶然通りかかった警察官に伝え職務質問にこぎつけ、やがて連行された男は白状して逮捕に至った。7m以上引き摺られながら守った女性も、50m以上黙ったまま追跡して突き出した女性も、共にその執念たるや恐るべし……。

「島」が消滅するように私の著書も消滅する⁉

2022-11-19
現在、国連の会議で気候変動の影響を受けて海面上昇が顕著なソロモン諸島などの“支援策”が議論されている。「海面上昇」と言うと、われわれはどうしても“一律で上昇して来る”イメージを持つが、実際にはそうではなく“上昇しやすい区域”というのがあるらしい。だから、同じ島国でも、南太平洋のソロモン諸島などにおいては深刻な問題で、早急に何んとなしなければならないことでもあるらしい。わが「日本」も島国ではあるのだが、その海面上昇の速度は北朝鮮がミサイルを撃ってくる可能性に比べると、それほど深刻な問題とはならない。ところが、現地ソロモン諸島の首都ホニアラから20㌔の集落バトゥクラウに居住する人物によれば、2015年ごろから海面上昇は顕著となって、毎年11月~4月の期間は自宅が“水没してしまう”ようになってしまったという。現に2016年には過去に存在していた五つの島が消滅してしまった。気候変動が徐々に海面上昇をもたらしていることは誰でも知っているが、ほんとうに“存在していた島”まで無くなっていることはあまり報じられない。もちろん、人間が居住していない島も多いから、無くなったからと言って、直ちにニュースとなるわけではない。それでも、山火事とか火山の噴火と同じように、地球そのものを変えて行く出来事には違いない。文字通り「地球」は“生き物”なのだ。われわれは、そこに“ヤドカリ”として居住しているに過ぎない。南太平洋と言えば、昔は「楽園」というイメージが定着していた。それが今では“水没の島”に変わろうとしている。人類の歴史を支えてきた「占い」も、徐々にホンモノが失われて、単なる“気休め”や“癒し”や“ゲームっぽいもの”だけが世の中に受け入れられる時代に変化し始めている。もはや私の研究や著書のような“本格派”は不要の時代に変わりつつあるのだろうか。さまざまな時代に、その歴史を陰で支えた“占い”も“占い師”も、もともと存在していなかったかのように“末梢する時代”がやって来そうな気がする。だからこそ私は後世のために、伝承としての貴重な占いと、新しい発見に基づく占い研究とを著述化していかなければならない。 « Older Entries