6月, 2026年
2026-06-27
実は3~4日前から咽喉の調子がおかしい。声がかすれ、感覚としては咽喉にフィルターが掛かったような状態なのだ。それだけなら良いのだが、熱が上がり、息が苦しく、何度も咳き込む。もちろん病院にも行った。普段、あまり病院とか薬とかを好まないのだが、珍しく病院から出ている薬をちゃんと飲んでいる。だが、正直、あまり効いている気がしない。まあ、それでも、一応は飲む。それだけ具合が良くないからだ。人はどうなのか知らないが、わたしの場合、病院からもらう薬をそのまま飲み続けるようなことはない。1~2回飲めば、そのうちのどれが自分の身体には合い、効いているのか、大体わかる。だから、いつもなら、そういう風にして薬を減らしていくが、今回の薬は解かり辛い。正直、全部、あまり効いている気もしないが、なかなか症状が回復しないので、そして、別な病院に行くとかも面倒なので、とりあえず、もう少し様子を見ることにした。なんとなく感覚的には、日数が経てば、徐々に元に回復していきそうな、それまでは治療も薬品もあまり効きそうもないような、そういう感じがするからだ。この“根拠なき確信”のような感覚でずっと生きて来た。占いの判断でもそうだし、株の売買などでもそうだが、理論上の正解よりも、この“根拠なき確信”がいちばん的確だ。正直、人のモノに関しては判らない。けれども、こと自分自身の身体とか、お金とか、お客とかのことに関しては、この“根拠なき確信”というのが常に一番正しい。ところが、それでは株など“百戦百勝”かと言えば、そうはならない。回せるお金が乏しいし、欲が絡むと、解かっていながら「それが出来ない」というケースも多い。この解かっていながら……というのが、意外に多い。たとえば、ほんとうは病院に行くよりも、まずは“そっち(株の売買)”を先にした方が良いと判っても、まあ、だけど、たいした金額でもないし……というような感じで、とりあえずの方を優先する。何年かに一度、病気をするが、たいていは一週間くらいは“動けないほどの病”となる。だが、そのくらいの日数が過ぎると、何ごともなかったかのような健康状態を取り戻す。病気の時には、あれほど“健康が一番”と思っていたのに、過ぎてしまえば“仕事が一番”とか“お金が一番”とかに変っていたりする。自分自身、なんと無様な精神であることか。とりあえず、今はまだ身体が本調子には遠いので“健康が一番”の気持ちが強まっている。これが無くなれば、健康に変わった…という証しとなるのだ。
2026-06-26
元AKB48の花田藍衣氏が「AKB48」を管理する芸能事務所であるDHから6月23日に“専属契約”を解除された。ところが、その後、双方の“主張”は対立し、花田氏側は「何年かかっても事務所と戦う」と宣言している。どうして、こういうことになったのかというと、アイドル事務所側は花田氏が“契約事項を破った”とし、その「謝罪の意識を形にしろ‼」と迫ったらしい。そこで、花田氏は過去の事例から“自分が丸坊主”になれば許してもらえる…と考えて実行したのだが、にもかかわらず、事務所側は一方的に“契約解除に踏み切った”ということらしい。一昔前の“ヤクザ事務所”では「指を詰めろ」というのがあってが、なんとなく“それ”を想い出させるような“誠意の見せ方”ではある。どうも、芸能界には、そういった風習が、未だに残っているらしい。実は、この事務所の契約書には「恋愛禁止」とも書かれていないし「誠意は丸坊主」とも書かれていない。ただ過去の事例から、なんとなく“そういう風な落としどころ”が暗黙にメンバーたちに伝わっていたらしい。通常、十代半ばくらいから、三十代前後までの期間を預かる芸能事務所とすれば、身勝手な行動をとられては困る…という気持ちは十分理解できる。また契約そのものには明文化しなくても、さまざまなスタッフを雇って、組織として“アイドルたちを売り出していかなければならない”身としては、学校の放課後ではないのだから、プライベートな時間に派手な恋愛などして写真誌に撮られたりすることは、その後のグループの人気や活躍に致命的な汚点を残す。だから、プライベートも“多少は管理する”というのも解らないではない。ただ、これだけアイドルグループが林立し、それぞれの形で“売っている”以上、別に“恋愛禁止”を絶対条件としなくても、良い時期に来ているのではないだろうか。十代半ばから20代にかけては“恋愛もする”人の方が普通であって、それによって女性アイドルは特に“女としての輝き”を増していく場合だってある。毎日、仕事、仕事ばかりでは、疲れてしまうし、癒しの時間がない。もし、事務所側が管理したいのであれば、恋愛・交際の報告義務を与えれば良い。それでルールから逸脱しているものには“卒業”させるとか、何らかのペナルティーを与えれば良い。もしかすると主要メンバーの何人かが“女としての輝き”を身に着けることによって、新たなる領域を伝えることが出来、より多くのコアなファンを生み出すことが出来るかもしれない。みんな横並びでは“女としての輝き”を持たない“未成熟な女”の集団ばかりが、いつまでも残っていくことだろう。
2026-06-25
「ビッグダディ」の通称で知られる林下清志氏(61歳)が“8度目の結婚”を報告した。今回は名古屋の女性で、しばらくは“別居婚”になるようだ。それにしても“8度目”はすごい。すごいとしか言いようがない。あまり覚えていないが、TVで取り上げられていた頃はまだ“5度目”くらいであったような気がするのだが、その後、いつの間にか、離婚と結婚とを繰り返していたらしい。普通、何度も離婚をすると「入籍」ということに躊躇するような傾向が出て来るものだが、この人には、それはないようだ。しかも、今回の場合は、女性側主導のようで、彼自身が「自分でも信じられない」と語っている。この人の二女だったと思うが、今は女子プロレスラーとして大成している。そういう意味でも、ただ単に何回も結婚して、何人もの子供を作った…というだけではない。どこまでかは難しいが“立派な子供”を育て上げた…とも言える。奇妙なもので、両親が立派だから、良い子に育つとは限らない。むしろ実質的には、雑草のような形で育っていった子供の中から、大成する子供が出て来たりしやすい。遺伝子が優秀なら、黙っていても“それなり”にはなっていくし、遺伝子が優秀でなくても、その子自体にパワーや潜在能力があれば、世の中に抜きんでていく。かえって“手を掛け過ぎた子”に“抜きんでたもの”を視ることは少ない。親が子供に教えなければならないのは“世の中を生き延びていく力”と“迷惑を掛けない生き方”の二つだけでいい。その二つさえ習得すれば、あとは本人の性格や運命が導いていってくれる。人によって“倖せの形”はさまざまなので、親が決めつけるようなことはすべきではない。「運」だけは、人が教えて身に着けられるようなものではない。ただ経験的に“良い出逢い”を持っている人は基本的には“良い運”を持っている…と思えば良い。逆にこれまで“悪い出逢い”が多いと感じる人は、先天的な運は、あまり良いとは言えない。そうであれば、なるべく運に頼らず、自らの力で“幸せを見つけていく”方向で生きていけば良い。別に“差別”とか言うのではなく、先天的な“運の良し悪し”はある。こればかりはどうしようもない。「運」の良い人は、あまり運ばかりを頼ってもいけないが、それでも、必ず、それなりの“導き手”が表れるよう出来ているので、焦らず、騒がず、じっくりを“運を温めていく”意識で居れば良い。
2026-06-24
前にも述べたが「日本株」と「韓国株」と「台湾株」の“動き”には、或る種の連動性がある。例えば昨日まで、日本株は8日間続伸し続け、韓国株と、台湾株は6日間続伸し続けた。今年に入ってから、この三つの国の総合指数は急騰し続け、韓国株が年初から180%も上昇して最も高く、次が台湾株で60%の上昇、最後が日本株(日経平均)で40%の上昇だった。まだ半年しか経っていないので、韓国株などは、明らかに急騰し過ぎで“危険水域”に達していた。その韓国株に比べると、まだ日本株などは“異常なほど”とは言えなかった。だが、急落は同時に来た。昨日、韓国株指数は10%も急落したのだ。日本株は3.5%、台湾株は1.34%と少ない。とは言っても、国の株価指数が“大きく動く”ことは稀で、日本株の場合、円換算では2565円も急落したことになる。個別株では、これまで連日“最高値”を更新し続けていたキオクシア株が15%も急落したのが象徴的だ。国の指数は3.5%でも、個別株になると10%以上急落した株が多数存在するのだ。もっとも、キオクシアの場合、いままでが異様に急騰し続けていたきらいがある。前日の終値が11万円を突破していた。もし、この株を購入しようとしたなら、1100万円余の資金を必要とする。だから、もう、普通の個人では“買える金額”ではなくなっていた。それなのに、連日“大商い”が繰り返されていた。だいたい、今の“AI関連株”というのは、総じて高い。高すぎる。あっという間に急騰して、一般の個人では買えないような金額になってしまう。だから、どんなに“その株”が上がる……と判っていても、急騰していくのを見守るしかない。例えば、キオクシア株なども、かなり早い段階から“急騰していく可能性”が指摘されていた。その時点で、既に株価は13000円くらいになっていた。つまり手元資金が130万円余なければ、買いたくても変えないのだ。他の株を手放せば、買えない金額ではないが、上がる可能性はあくまで可能性で、絶対ではない。それに、今持っている株も、想い入れがあり“上がる可能性”があるから買っている。それを棄ててまで……というのは“深情け”のわたしには出来ない。やっぱり私は、そんなに簡単に“棄て去る”なんて出来ないのだ。こうして、情に弱いわたしは、じわじわ上がっていく“それらの株”を手放すことが出来なかった。これまで、いつも、それの繰り返しで来ている。もしかすると、情け容赦ないことが“大財産を築く”秘訣なのかもしれない。
2026-06-23
アメリカは近年、婚約をするときに「婚前契約書」を取り交わすことが“普通”になりつつあるという記事を読んだ。特別な富豪とか有名人とかではなくても、一般人であっても「婚前契約書」を取り交わすことが“正式な結婚の証し”のようになりつつあるというのだ。結婚後の“金銭関係”を主とした契約だが、もちろん、離婚する場合の諸条件も含まれる。元々アメリカという国は“契約社会”で何でもすぐ契約を取り交わすことが当然となっている。おそらく婚前契約書も、そういう意識の延長線上にあるのだろうが、土台が“契約”ということに、それほど慣れていない日本人からすると、なんとなく抵抗感がある。フランスでも、こと“正式な結婚”に関しては、いろいろ面倒な手続きを必要とする。双方の親戚それぞれから承諾を得て、双方の地で“披露宴”を催さなければならないし、市民の公報などで公表する義務もあるなど、昔の慣習がそのまま継続されている。それもあって、フランスでは“面倒な手続きがいらない事実婚”の方が比率的に多くなる。確かイタリアの場合には、宗教上、離婚そのものが“出来ない”仕組みになっている。それらに比べると、わが日本は、何んと自由で簡単な“結婚制度”になっていることだろう。中国や韓国では“昭和初期までの日本”で行われていた「結納制度」的なものが未だに残っているが、現代の日本には“それ”もない。そういう点でも、いまの「日本」は、こと婚約や結婚に関して言えば、ほんとうに“自由な国”だと言える。それでいながら、日本の離婚率はアメリカやフランス(事実婚も含め)ほど高くない。離職率に関しても同様だが、日本人は基本的には、或る程度の妥協性や協調性を持って暮らしている。ただ“一人暮し”が長いと、誰でも“自分優先”が身に付き、なかなか妥協性や協調性が育まれにくい。あまりにも早くから実家を出て“単身での暮らし”が長く続くと、そういう意味では“共同生活が難しい”体質が出来上がってしまうかもしれない。別に契約書を取り交わさなくても、ごく自然に“結婚後の暮らし方”や“双方の役割”等が話し合われていることが望ましい。話さなくても通じ合っているのがいちばん良い。何かあった場合の協力体制も、状況に応じて、互いに“思い遣り”があれば何とか継続できるものだ。何も言わなくても、ふたりにとって、どういう暮らし方をすれば“愛のある暮らし”が継続できるか、我慢し合えるのか、解かり合って“入籍する”のが「日本の結婚」としては望ましい。
2026-06-22
いま「ツービート」と言って、どれくらいの人が理解できるのだろう。しかも、それがビートたけし氏の“コンビ名”であるということを、どれだけの人が知っているのだろう。もはや北野武氏が「ビートたけし」であることさえも、解からない人が圧倒的に多くなった気がする。それでも、一応「たけし」の方はTVなどに出続けているので、タレントとしての、或いは映画監督としての、有名人だということは大方の人は知っている。それでは相方であった「ビートきよし」の方は、どのくらいの人が知っているのだろう。おそらく、ものすごく少ないはずだ。どうしてかというと、このコンビは解散していないのに、ふたりで一緒に出ていることが最初から極端に少なかったからだ。ビートきよし氏は元々が舞台出身で、生で接する“舞台芸人”としての方を好んだ。それに対して、アドリブが利くビートたけし氏の方は、早くからTVが獲得競争をするほど、一時的には“時代の寵児”となっていた人気者だった。ところが数日前に放映された密着番組によると、このコンビは、どちらかというと“売れるまで”は、ビートきよし氏の方がリードしていたようだ。売れない頃のビートたけし氏は“飲んだくれ”で舞台上でも“客と喧嘩しやすく”なだめなだめて仕事を継続させていたのが、きよし氏の方であったようだ。ところがTVでは圧倒的にビートたけし氏の方が“売れっ子”となった。きよし氏は“コイツは必ず売れる”と思っていたから、舞台に引っ張り出し続けていたようだ。だから、取り残されたような状態になっても、嫉妬はなかったようだ。またビートたけし氏の方も、未だにきよし氏を「きよしさん」と呼ぶらしい。解散も、きよし氏の方が“したがらなかった”ようだ。わたしが何よりも興味深かったのは、現在、横浜でカラオケパブを経営しているきよし氏が「俺が“世界の北野”を呼んで来たんだよ」と誇らしげであることと「俺は好き勝手なことできるから、俺の方が倖せなんじゃないかな」と言い放っていることだ。そう、倖せの基準は“有名”とか“人気”とか“収入”とか…そういうことではない。医者から止められても「食べたいものはバンバン食べている」というきよし氏の“生き方”こそ、もっとも自由で“実感を伴った倖せ”を感じられる生き方なのではないだろうか。
2026-06-21
元タレント(⁉)坂口杏里氏のことがネット上で取り上げられていた。本人がSNS上で自らの「100㌔に迫る体重(94㌔)」を公開し、ダイエットを誓った…というのだ。かつては54㌔だったというから、いつの間にか二倍近くまで激増していたわけで、写真も載せているが、確かに太っているが、何よりも“その容貌全体”が大きく変貌している。ただ何となくの私の勘だが、健康そうだな、という気がした。これまでは、どの時期の容貌であっても、あまり健康そうには視えなかったのだが、今回は何故か健康そうに見える。もはや“芸能人的なオーラ”は失われているが、一般的な主婦などに多い“健康的な印象”を受けた。そこで気になったのは、現在の生活状況だ。この人はいま、どういう形で暮らしているのだろう。本人の表記によれば、一日に菓子パン20個を食べて「こうなった」らしい。ストレスからの過食が進んでいるのかもしれない。そうではあっても、わたしには何故か“健康そう”に視える。それは多分、生活に何らかの余裕と潤いが生じて来ているからに違いない。誰かなのか、或いはどこかの企業なのか、彼女の暮らしをサポートする形が与えられたからなのではないだろうか。一時期は介護とか保育とかの分野に興味をしてして、そっちの方向に進みたいなど話していた時期もあるらしいが、これまでの経緯から言って、無理だろうことは言うまでもない。この人は環境的に仕方のない部分もあるが「我慢をする」とか「自制する」とかいうことが出来ないまま大人になった。その結果、女性は“若い時”にはそれでとおる場合もあるのだが、或る程度の年齢になってくると、当然のことながら、それで“世の中”は通らなくなる。本人は、今回も、あえて自分の体重を公開して、これからダイエットを実行して、その成果を公開していく……的な気持ちが強うよう感じられる。元の体重まで戻す必要は無いにしても、少なくとも30㌔くらいは“真の健康”のためにも落した方が良い。但し、急激にではなく徐々に落していくのが良い。それが出来れば、つまり菓子パンを一日3個くらいまで減らすことが出来れば、元々生年月日的には芸能界でも成功できる素質を持っていただけに、必ず、何らかの“良い環境”や“良い仕事”は与えられるように変わっていくのではないだろうか。
2026-06-20
わたしは“ヘンな人”なので、ときどき我が“趣向”というか“嗜好”というか、我ながら“危い”と思うことがある。例えば、自分自身の「てのひら」を愛でるというひとときがある。至福のひとときだ。まあ、早い話が「自分の掌大好き」という奇妙な人種なのだ。どうして、自分の掌が好きなのかと言えば、それは“自分のモノ”だからだ。もっと言えば“自分の生き物”だからだ。このように書くと「とうとう波木星龍もおかしくなったか」と思う方がいるかもしれないが、ちょっと待ってほしい。確かにおかしいが、その一歩手前当たりの状態だと理解してほしい。もちろん、愛でる……というくらいだから、単に“うっとり眺める”だけでなく、そっと“指先で撫でてみたり”もする。愛でる……とは、そういうことだ。勘違いしてほしくないのは、わたしの場合は「てのひら」を愛でるのであって「手」全体を愛でているのではない。あくまでも“手の甲”の部分ではなく“手指”の部分でもなく“てのひら”の部分なのだ。どうして、そういう気持ちになるのかというと「てのひら」が“生きている”ことを実感しているからだ。生きている……とはどういうことかと言えば、微妙に手相が変わり続けているからだ。数年前との違い、数か月前との違い、そして数日前との違い……その微妙な変化を、わたしだけが知っている。そこが一番の魅力なのだ。わたしには、俗にいう“推し”も居ないが、唯一“推し”に近いモノが、この「てのひら」なのだ。いや愛するペットの方に、より近いのかもしれない。なにしろ、そっと触れながら愛でることが出来る。しかも、無料なのだ。常に、その成長というか、変化というか、その微妙な違いに“いち早く気付く”のがたまらなく好い。「この線は、こんなに深くなかったのに…」とか「この線とこの線が繋がり出したよ」とか「あれ、この枝線はどうして出て来たんだ…」とか、そういう“小さな発見”がたまらなく好い。そっと撫でていると、一方で“愛し”もう一方で“愛されている”ことを実感する。まあ、そういう“フツウの人”から観れば「バカじゃないの」というようなことを真夜中に独り楽しむ……そう、人は、どういうところからだって“倖せ”を見つけ出すことが出来る……。
2026-06-19
「日銀が利上げをすれば円安は是正されます」と多くの識者(⁉)は言っていた。ところが実際には先日“利上げ”は決定されたが、ドル円相場はほとんど動かなかった。いや、動かないどころではない。むしろ、より“円安の方向”へと動き始めている。どうしてなのか、答えは簡単で、前もって日銀が利上げすることは決定的だったからだ。市場というのは、既に確定していることには反応しないのだ。不確定事項には反応する。だから一番効果的なのは“やらない”に見せかけて“やる”という形で、その場合には大きく反応する。占いでもそうだが、最初から占わなくても解っているようなことに対して、人は大きく反応しない。通常は、その部分が“わからない”時、人はその部分を知りたがるのだ。さてドル円相場だが、今日これを書いている時点では、1ドル=161円75銭くらいで推移している。つまり161円台の後半で、本来なら日銀の介入があってもおかしくない数値まで来ている。ところが、先日、利上げを決定したばかりの日銀や財務省は、今すぐは動きずらい。一つには“円安への動き”が、投機筋ではない方面から来ている可能性があるからだ。その場合、仮に介入しても、すぐまた元に戻る可能性の方が強い。前回の介入も、いったんは1ドル=154円くらいまで動いたが、すぐにまた元の数値に戻った。あまりにも短期間の内に戻った。これでは介入の意味がない。ここで注目すべきは、原油価格の急落で、実はイランの停戦で90ドル付近にあった原油価格が、現在は76ドル付近まで急落している。日本の食料品などの価格転嫁は、この原油価格の方がドル円価格よりも、強く影響している。したがって、ただ単にドル円相場だけに注意を向けるより、原油価格に注意を向ける方が“値上がりの抑制”という点では効果がありそうなのだ。もちろんガソリン価格だって、それに伴なって墜ちて行く。実はもう一つ“金価格”も原油価格同様に急落している。この“金価格”こそ、戦争継続時は投機筋が買ってきたもので、戦争が終われば“急落して当然”のものなのだ。つまり、このところ世界情勢の大きな変化で、ドル円相場だけでなく、あらゆる価格が上下に大きく変動しやすくなっている。その変化を受け入れて波のように動くか、或いは“一時の動き”と傍観して“本来の姿”に戻るまでじっくり待つか、どちらかのスタイルで行くのが良く、中途半端に“みんなが動くから動く”とか、だれもが“そっちだというからそっち”にというような動き方をすると失敗する。とにかく、ここしばらくは介入なしで“急速に円安方向”に向かう可能性が極めて高い。
2026-06-18
昨日、さいたま地裁で女性二人を殺害した「承諾殺人事件」に対しての求刑が行われ、懲役13年の求刑が行われた。この事件は、あまり大きく報道されていないが、多くの問題を含んでいる。被告・齋藤純(32歳)は無職だが、最初から“殺人罪”で逮捕されたのではない。最初はエスカレーターの上昇時に女性のリックからスマホ機を盗み取った窃盗の現行犯として逮捕されたのだ。その後の取り調べて、余罪がないか警察官が自宅捜索を行ったところ、自室の中に頭蓋骨を展示してある箇所が見つかった。そこで、改めて取り調べたところ、十年ほど前の“承諾殺人”を供述しだした…という経緯なのだ。裁判過程の中で、被告は殺人衝動は「少年時代から有った」と供述している。それが強くなったのは、周辺の聞き込みなどを合わせると、実兄が交通事故で亡くなった辺りかと思われる。実際に同級生の首を刺そうとしたり、路上で女性を後ろから襲おうとしたりしている。同時に、このころから“本格的な引き篭もり”になっていったようだ。ここで注目すべきは、今回の事件は被告の自宅内で行われたと思われるのだが、年月が経過しているので、実際にはよくわからない。本人の供述では、自殺願望の強い女性とSNSで知り合い、自宅に招いて、自室の中で睡眠薬を使用して眠らせ、ロープで首を絞め殺害して、その後に身体をバラバラに処理して、頭蓋骨だけを標本のように飾った……ということらしい。その間の出来事について、家族は何も知らなかったようなのだ。確かに、完全な“引き篭もり”で家族との接触もほとんどなければ“暴れるタイプ”とは異なり、家族とも“関わりない状態”が保たれやすい。また“殺人”そのものに対して、本人の中に“通常の精神構造”が備わっていない場合、その後の暮らしにも、頭蓋骨を飾っておくくらいだから、何らの変化もなかったに違いない。その結果として、十年近くも、誰にも知られることなく、罪の意識に問われることもなく、普通に暮らし続けることが出来たのだ。これは或る種の“病気”以外のなにものでもなく、今回は懲役13年だが、それが済めば、再び同様の殺人衝動が生じてくる可能性が強い。こういう“病気”はどうすべきなのか、どうすれば“治せるもの(⁉)”なのか、おそらく何らかの機能さえ正常に戻すことが出来れば、まっとうな人生を送れると思うのだが、その“殺人衝動の抑制法”について、現代の医療科学は、お手上げ状態にあるような……。
2026-06-17
何事に対しても高市首相は決断が早い。そして行動力がある。「いま」という時代に相応しい。イギリスやイタリアとそれぞれ個別に連帯・協定を結び、今度はブラジル(他5ヵ国)と経済協定を結ぼうとしている。こうして“一体化”出来ることろとは次々と連帯や協定を交わして、さまざまな分野で“協力関係”を築いていく。これこそが、資源の乏しい「日本」が将来に活路を見出していく道なのだ。こうしておくことによって、何よりも良いのは、何かが生じた時“孤立せずに済む”ということだ。「日本」は島国なので、軍事・防衛の面からも、経済・金融の面からも、孤立できない事情がある。いままでは、あまりにも“アメリカ頼み”的な部分があった。それだと、何かが生じたときに、他からの協力や支援が得られなくなる可能性がある。各国と個別に“友達・仲間”を増やしていくことで、どういう状況がやって来ても、切り替えが利き、別ルートの交渉が容易になる。自国ファーストは重要だが、同時に“多様性の国(⁉)”として、さまざまな供給網を持っておくことは、より重要なこととなる。それにしても最近の日本には、外国人が多くなった。旅行者として多いのか、移住者として多いのか分からないけれども、とにかく外国人が多くなった。そして何よりも驚くのは“日本語を話せる外国人”が多くなったということだ。いまやカタコトの日本語ではなく、フツウの日本語を話せる外国人が本当に多くなった。ここ数日、札幌では各種“お祭り”をやっているのだが、多分、それ目当てと思われる外国人が多数訪れている。ホテルのエレベーターが開いた時、わたしは外国人だと思わず、載っていた女性二人組に「このエレベーターは上に行きます⁉」と日本語で訊いてしまった。ところが、ちゃんと通じたらしく「上いきます」と返してくれた。ただ、よくあることだが、その内の一人が、わたしが降りた階で一緒に降りて出て来てしまい、もう一人から「ここじゃないわよ(日本語じゃないので、たぶん、そういう感じの言葉)」と呼び止められていた。どこの国でも、似たようなウッカリはあるもので、いまや“世界”はヒューマノイドも含めて“みんな仲間”として手を繋いだ方が良い。いがみ合ったって、結局は“心の傷あと”と“経済的な損失”をもたらすだけなのだ。そういう意味でも、高市外交は素晴らしい。思想がどうのこうのとかいう人がいるけど、まずは決断力、そして行動力、そして積極果敢であること、令和のリーダーには“それ”が求められているのだ。
2026-06-16
タレントにもいろいろなタイプの人がいるが、基本的にはTVなどにたくさん出ていた人は、基本的に“或る種のイメージ”で一般の人達に記憶されている。例えば「ボビー・オロゴン」という人物、元々は貿易関係の仕事で来日していたようだが、いつの間にか“面白い日本語を話すタレント”という形でお茶の間に浸透し、いつからか完全な芸人タレントとして扱われるようになった。日本人女性と結婚し、四人の子を設けているが、昨年、正式に離婚して後は、子供との交流も乏しくなっているようだ。そのボビーだが、今年4月に知人女性の自宅で、彼女に対し“性的暴行”を行ったということで、捜査が続き、最近になって逮捕された。間が開いたのは、彼が事件後、海外へと出向いていたからで、羽田空港に戻った時点での身柄拘束となった。但し、本人は“不同意性交”を否定している。なぜか警察ではその可能性もあるとみて、すぐに逮捕には踏み切らず、防犯カメラの追跡など慎重に捜査を続けていた模様で、その結果として身柄の拘束が遅れたものとみられる。ボビーにとって不利なのは、この人が元格闘家でもあることだ。プロとしてリングに上がったこともある人物の場合、こういう事件が起きた時、仮に微妙な“暴行事件”でもクロとして判断が下されやすい。プロ格闘家は常人とは異なる身体だからだ。またボビー一家の人達が、自宅周辺の人々と交流を持とうとしていなかったことも、印象としては不利に働く。なぜなら、彼は“普通の人”ではなく“芸人タレント”だったからだ。本人の中では“芸人”の意識はなかったと思うが、一般の日本人には“芸人的なタレント”として記憶に残っている。最近は“投資家”として成功したという話もあるが、仮にそうだとしても、一般的な人達の記憶の中では“芸人タレント”のイメージは消せない。したがって特別な交流などいらないが、少なくとも“にこやかに挨拶する”くらいのことは行っていた方が良い。今回、どのような結末になるかはわからないが、日本中に浸透しているイメージというのは、そう簡単に“無くなるものではない”ということは憶えていた方が良い。そして、TV向けに“面白く振舞う”のではなく、通常の生活の中でも“楽しく愉快な男性”で居ることが出来れば、DV要素さえ自制できれば、女性との“新たな関係”や“良い関係”も生まれて来るのに違いない。
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