6月, 2026年
2026-06-13
晩年は女優としてよりタレントとして活躍した中村玉緒氏が逝った。享年86歳だから、まあ平均的な寿命で、冬に転倒骨折したのが元で介護施設へと移り、そのまま肺炎で死去した形だ。若い頃は女優として活躍したが、勝新太郎氏と結婚されてからは“その妻”としての役割が目立っていた。その勝氏は波乱の人生で、俳優としては“座頭市シリーズ”で大人気を博したが、その後、勝プロダクションを創設、借金地獄に見舞われ破綻してしまった。その後も、勝氏は大麻事件など巻き込まれ“その妻”として気丈な振る舞いが目立っていった。勝氏の死亡後も、私生活では息子の問題などあり、さらに晩年は娘さんとの関係もギクシャクして、孤立した人生を歩んだ。一時は“夜中に徘徊する姿”がニュースとなったこともある。中村玉緒氏の先天運は四柱命式も、ホロスコープも、共に“そういう人生”がよく表れている。命式の方では月支蔵干に“正官”あって、本来は成功者の生れで、社会的な地位や名誉を得られやすい素質を持つ。実際、女優としての地位を築いたのは早かった。その一方で、月干のみ“劫財”あって、こういう人は“事件トラブル”に巻き込まれやすい。本人に問題なくても“身内”等の火の粉が降りかかってきやすい。また“金銭問題”も生じやすい。勝プロは借金で倒産したので、その借金(12億円⁉)は“その妻”として、勝氏の死後にものしかかって来ることとなった。また息子は映画出演で誤って真剣を用い、役者を死なせてしまった。せっかく俳優としてエリートコースを歩み始めたばかりの時だった。とにかく種々な不運が続いた。ホロスコープでは先天的に一般的には「グランドクロス(大十字架)」として知られる特異なアスペクト図形(正方形)がみられる。安部昭恵氏にもグランドクロスがあるが、こういう人達は最終的に“重い十字架”を引き摺りながら、孤独に人生を歩まねばならない宿命のようなものがある。ただグランドクロスの所有者には社会的に“成功者が多い”のが特徴だ。孤独な人生にはなるが、そうして思わぬアクシデントには見舞われるが、社会的には“大いなる栄光”を与えられている場合が多い。或る意味では、予期せぬ形で女優からバラエティータレントへと“見事な変身”を遂げた先駆けの人物だった…と言えるかもしれない。
2026-06-12
多くの人が奇妙なほど「トンネルを抜けたら、そこは雪国だった」という一節だけを憶えている。そうじゃない人もいるかもしれないが、わたしは“そこ”しか知らなかった。だから…というわけでもないのだが、どういう小説なのかも、よく知らなかった。ただ川端康成の代表的な作品で、海外でも評価が高いと言われている。その「雪国」を、若き日の岩下志麻主演で映画化した作品がBSで放送されていたので録画して観てみた。小説そのものは昭和10年代の作品なので、その当時の雪国で生まれ育った芸者と、そこを訪れた東京の自営業者との出逢いを主軸として展開している。若き日の岩下志麻氏が“温泉芸者”に体当たりで挑んだ作品と言って良く、なかなか興味深かった。この人は“ヤクザの姉御”を演じても様になっているし、こういう地方芸者の雰囲気でもムリがない。文字通り、現代では数少ない“さまざまな役柄”に憑依できる女優なのだ。男優でも女優でも、この種の役を演じさせたら……という俳優はいくらでもいるが、さまざまな役柄を“憑依しているかのよう”演じられる役者は、そうそう居ない。ということで、我が国の経済も「トンネルを抜けたら……」という感じに早くならないものだろうか。先日、マレーシアの大統領に日本の記者がインタビューする番組を観たが、大統領は将来のマレーシア経済に対して自信満々だった。AI分野における様々な投資が、マレーシアの国に対して各国から来ているというのだ。確かに、マレーシアというのは位置的にも、政治的にも、金融的にも、或る種の安定感と中立性があり、投資しやすい環境にあるような気がする。東南アジアの各国は、いまや「日本」に追いつけ、追い越せの状況にある。いや、もう実質的には追い越しているのかもしれない。「日本」も高市政権になって、ようやく株価も本格上昇して、将来に対して“灯り”が視えて来つつある。それなのに、このところ、どうも日本株はトンネル状態で、指数で示されている以上に、個別の株は一部を除いて低落傾向が続いている。多くの人は気付いていないが「今年の最安値」がじわじわと増えているのだ。早くトンネルを抜けて……「雪国」じゃなかった、再び本来の「全体的な急騰局面」に戻らなくっちゃ…。
2026-06-11
植田日銀総裁が内臓の感染症とかで入院されたようだ。二週間程度の入院見込みということで、15日からの「金融政策会合」には“書面参加の形”をとるようだ。最近、植田氏の発言はいろいろと疑問を浴びせられることが多い。どちらかというと“あいまいな表現”が多いからだ。今月初めには「利上げはしない」かのような発言をし、それが数日後には「利上げをする」かのような発言に変った。どちらも“あいまいな表現”で、ハッキリ言ったわけではないのだが、元々この人の発言は慎重な性質のせいなのか“判りにくい表現”が多い。総じて慎重な性質の人は、ウッカリ発言が出来ない時、慎重な物言いをする。それはそれで良いのだが“だれからも嫌われたくない”意識の強い人、どこからも“批判を受けない表現”を用いたがる。ところが、それが、かえって様々な憶測を呼び、後から批判や疑問を生むことになる。日銀総裁のような大役を引き受けた場合、さまざまなところから批判を受けても、動じないような神経に切り替えないと心身とも持たない。なにしろ、日本国民の“懐事情”に直結する仕事なのだ。だから、だれからも嫌われないとか、だれからも恨まれないとか、そういう意識に立ったら、もう、この仕事は出来ない。わたしにしたって、占いの仕事というのは、その人の人生の“意思決定を左右する”ことも多い。だから、占い師の中には、そうならないような“慎重な判断”“慎重なアドバイス”をする人も多い。けれども、その結果として「結局、よくわからない占い」になってしまう場合もある。わたしも“人の子”だから、一応はその人の心情も察して“オブラートに包んだような言い方”をすることはある。そうでない場合もある。その人の性格によっては、ズバリ言ってあげた方が良い人と、やんわり諭してあげた方が良い人と、人それぞれなので、その人の性格をみながら、わたしの場合は言葉を択ぶ。そういう配慮の出来ない占い師も多い。わたしに言わせれば、占いの仕事を択ぶ以上は、嫌われたり、恨まれたり、もう、そんなことなど気にすることなく、占い結果として示された状況や或いは占い中に得た直感で判断していくのが良い。直感を重視するのは、その方が最終的に正しい場合もあるからだ。物事の決定に、何が正しいのかなんて、ほんとうは誰にも言えない。正しいと信じた言葉を、そのまま紡ぐしかないのだ。
2026-06-10
TBSの山本恵里伽アナが、自らが出演したラジオ番組の中でその日のテーマに沿う形で“事実婚”を選択したことを公表した。「日本」の場合、事実婚は公正証書を作成して役所に提出することで成立するらしい。わたしは同棲し周りに宣言すれば成立するのかな…と思っていたのだが、そういうものでもないらしい。わざわざ役所に公正証書を提出するくらいなら、ふつうに“結婚”で良いような気もするのだが、人それぞれ“それなり”の理由があって、こだわる人はこだわるらしい。山本氏の場合には「姓を変えるのが嫌だった」というのが一番の理由のようだ。そういえば前に、わたしの占いのお客さんで特殊な姓の人がいて、日本に数百人しかいない姓で、それも“何となく気味が悪い姓”なので、離婚の話が出た時、真っ先に「それを変えたい」「子供達に嫌な想いをさせたくない」と言っていた。確かに、その姓は、まあ普通に考えて子供時代にイジメの対象となりそうな姓だった。現代では、だから「妻側の姓に入籍する」というようなケースもある。いっそのこと「姓」そのものを“変えても良い”ようには出来ないものだろうか。例えば、読み方は同じだけど、別な漢字を当て嵌める…というのはどうだろう。実際、パッと見では100%読めないような姓もある。裁判などしなくても、役所に行けば、そういう“変更手続き”が簡単にできるよう、改正できないものなのだろうか。何が理由だったか忘れたが、わたしの大昔の同人誌仲間の女性で、毎年、結婚と離婚を繰り返し、そのたびごと“夫側の姓”→“妻側の姓”を繰り返していた人がいた。ところが6~7年経って、もう面倒だからと止めてしまった。役所手続きが大変だったらしい。本人たちも面倒だったかもしれないが、周りの親戚たちはもっと面倒だったに違いない。たまに姓名判断で「画数が悪くなる」から、夫側の姓に入りたくない…という女性もいる。正直、そういう相談には答え方が難しい。そういう人は、ほとんどの場合、あらかじめ調べていて言って来るからだ。「画数だけで決まりませんよ」と一応、言いかけて「旦那様になられる方に“画数が悪くなる”と話されてみたら…」「話しましたけど、信じない人なので…」そこで「画数よりも文字配置としてのバランスの方が重要です」と言ってみる。「……そうなんですか」私は、彼女の手相の結婚線が二股に別れていることを、話した方が良いかどうか迷っていた。「ご両親を安心させたいのなら、入籍して、週末婚のような形で過ごしてみるという方法もありますけど…」とヘンな提案をした。あの時、彼女は、最終的にどういう風に決めたのだったか……。
2026-06-09
「皇族数確保」ということが重要であるらしい。とにかく「皇室」や「皇族」のことって、なんだか面倒だし難しい。それでも「皇室典範」の改正に向け、その第一段階に向かっての「総意」を“七つの政党”が賛成したようだ。日本って、七つも政党があったんだと思ったら、なんと賛成していない政党が三つ以上あるのだという。う~ん、意外と日本も存在感の乏しい政党がいろいろあるんだ。それにしても、七つもの政党が“賛成”しちゃうと“反対”するのは勇気がいるような気がする。よくネット上なんかでも、皇室問題に関してあれこれ書く人がいるけど、そういう人は多分、この世の中が永久に“公平”になどならない…ということが、解かっていないのに違いない。大体が、世の中なんて“不公平・不平等だらけ”で、そういう風に思えば気楽に生きられるのに、ヘンな思想の人達は「万人が平等・公平な世の中にしよう」なんて“神様のなりそこない”みたいな考え方を本気で抱いている。神様じゃないのに、そういう考え方をすること自体が“傲慢であること”にどうして気付かないのだろう。たとえば私、わたしは母方の先祖は“大名”で、父型の先祖は“百姓”で、その中間的な形で生まれている私は“ニューハーフ”にも成り損ねて、結局は何から何まで“中途半端な人間”として、もう年齢だけが上へ上へと偉そうに進んでいく。そういう場合、そうして“我が児”が居ても、その我が子が何十年も“顔さえ見せず”状態が続いているような場合、もう血縁もへったくれもあったものではない。だいたい私は、もう娘に街中で出逢ったとしても、娘の方は気付くかも知れないが、わたしの方はまったくわからない……認知症状態なのだ。「そこの視線のあった娘さん」とか声を掛けたら、ぶん殴られそうな時代なのだ。ところがだ、そうはいっても、わたしには“大名の血”が流れている。その“優雅な立ち振る舞い(⁉)”は天性のものなのだ。その一方で、ドン百姓らしく“清楚な食卓”にも不足を抱かない。感謝の気持ちで牛乳を飲みドーナッツパンを戴く。それだけで満たされた気持ちになれるのは“イエスの生れ変り”だからではないだろうか。結局、いつまでもこんなことを続けていられるわたしはナニモノなのか。
2026-06-08
既に6月5日から始まっていたらしいが、一時間近くにも及ぶ連続噴火とその後の降灰とは6月7日の朝に起こった。ただ地元の人たちにとっては、もう慣れっこになっていることでもあるらしく、あまり驚いている様子もない。鹿児島市内では、そういう時のための準備や対策が既に用意されているようで、ロードスイーパーと呼ぶ災害対策車が各所に手配されていた。それでも風向きがもたらす降灰によって覆われた景色は「灰色の街」としか表現のしようがない。同じような光景を見たのは、いや体験したのは、いつだっただろう。あれは20代だったと思う……文字通り、街は灰色に染まっていった。わたしは当時室蘭市に居たので、普段から製鉄工場の方角からもたらされる煤煙には慣れていた。晴れていても、その方角の部分の空だけはいつも汚れていた。ところが、そういう活気ある暗煙の空ではなく、なんとも気味が悪い得体のしれない“灰色に満ちた空”が静かに押し寄せて来る……そういう感じの降灰の降り方だった。だから、丁度、真冬に雪がしんしんと積もっていくような感じで“灰が降って来る”のだ。あれば経験したものでなければ分からない不気味さだった。人間というのは、本能的にそれが“怖いもの”かどうか察する力がある。なぜなのか理由は判らないのだが、それは“怖いもの”だと本能が教えていた。だから、わたしは急いで帰宅し、それが収まるのを待った。確かあれは有珠山の噴火だったように思う。室蘭市は有珠山から遠く離れているのだが、それでも降灰が襲ってきた。もっと昔に、子供の頃に、もっと大きな噴火を窓から眺めた記憶があるのだが、それが、いつ、どこの噴火だったか、今となっては想い出すことが出来ない。地震も一度だけ、ものすごく大きな地震を十代の時に体験している。ほんとうに大きな地震に出くわすと、家の中に留まって居られるものではない。人は本能的に外へと飛び出す。そして地面近くにへばりつくような姿勢を取る。立ってなど居られないからだ。そういう体験を何回もするうち、人はだんだん「大自然には勝てない」と思うようになる。所詮、人間は大自然になど勝てない。生きている地球に、文字通り這いつくばって生きていくしかないのだ。
2026-06-07
元WBC世界フライ級王者であった内藤大助氏に密着したTV番組が放映されたらしい。現在はフィットネスジムを経営していて、その開業資金として借り入れた3000万円超の返済に必死であるようだ。この人は、いろいろな意味でライバルともいうべき亀田三兄弟と対比される。その長男である亀田興毅氏は今やボクシング界のプロモーター的な立場で名を高めている。次男である亀田大毅氏と2007年に世界王座戦を戦ったのが内藤大助氏だった。大毅氏側に反則があって、その結果、内藤氏は“判定勝ち”となった。要するに、ほぼ互角の相手だったということだ。亀田三兄弟は、世間からのバッシングを浴びて、中には未だに“そのこと”で毛嫌いする人たちもいる。けれども、いまや立派な経営者となった亀田興毅氏は、どんなに中傷を浴びても、もはやカッとなったりしない。冷静に、穏やかに、当時のことを詫びるなどの対応している。内藤大助氏も亀田三兄弟も経済的には貧しい中から努力して“世界王者”となった。どちらかといえば、比較的早くにボクシング業界から離れたのが内藤大助氏の方だ。タレント的な立場で仕事をしていた時期もあるが、現在は“ジム経営”が主力だ。通常、世界王者となった人物は、引退後は“育てる側”に廻りたがるものだが、彼の場合は“楽しめるフィットネスジム”を志しているようで、プロ格闘家を育てる気持ちはあまりないようだ。わたしが思うに、この人は性格的にもあまり“プロ向きに指導する”ということが向いているとは思わない。優しすぎるからだ。優しすぎる人は“楽しんで学ぶ”教室の指導者としては最適だが、優秀な素質・能力を見つけ出し“プロとして”育て上げる指導法は向いていない。それで良いのだ。人にはそれぞれの“役割”があり“腰の落ち着けどころ”がある。それを勘違いして“自分の持ち場”ではないところ“自分のやり方”ではない方法を試みることで、本来の倖せから“遠ざかっていく”ケースが多い。そして元に戻ろうとしたときには、もう“自分の居場所”がなかったりする。周りの目など気にせず、世間の声に惑わされず「我が道を行く」という姿勢を貫くことが、もっとも無理のない人生を与えてくれるのだ。
2026-06-06
アメリカの半導体指数が急落している。元々この「半導体指数(SOX)」が現在の「AIバブル」を形作ってきた一番の基だ。その半導体指数が急落している。まあ、ここ数日、異様なスピードで急騰してきたので、一時的な調整が入るのは当然なのだが、それにしては急落の幅が大きい。これだけ大きいと、当然のことながら、アメリカの「ナスダック」も急落し、日本の「日経平均先物」も急落している。半導体指数の急騰は今年の4月からが本格的で、それまでは“緩やかな上昇”に過ぎなかった。したがって、実質的にはまだ2か月余りしか経っていない。通常、バブルが崩壊するときには最低でも半年間以上続いてからが多いので、そういう意味では“一時的調整”に過ぎない可能性が大きい。ただ10%近くも急落しているので、当然、その影響を各国の株価指数は受ける。アメリカのナスダックよりも、日本の日経先物の方が下落率が大きいが、その日本株よりも韓国株指数の方が、もっと下落率が大きい。前にも述べたが、韓国株の方が“AIバブル”の恩恵を受けやすく、その代わり、崩壊していくようなときには日本株よりも壊滅的な被害を受ける。そういう風に出来ているからだ。こういう急落の仕方は、通常、2~3日でストップし、反転して急上昇ということもあり得る。また、逆に“底なし沼”に向かう場合もあるが、それにしては“バブルの期間”が短すぎる。最低でも半年以上は続くのが本来の姿だからだ。今回の急落で、同時に急落しているものとして“銀・プラチナ・銅”などの先物がある。これらに比べると“金”はそんなに下がっていない。もしかすると世界情勢の急激な変化で、逆にドルから金へ“乗り換えている”人たちがいるのかもしれない。日本円は丁度というか1ドル160円になっている。日銀の6月利上げは、もはや決定的となっているが、もし今回の状況が長引けば“利上げできない”状況が生まれて来るかもしれない。それにしても近年の「世界情勢の変化」「日本社会の変化」「文化・芸能の変化」「金融情勢の変化」など、あまりに世の中の変化が早すぎる。もう少し“ゆっくりと歩んでいく”形に変えていかないと、倖せを“掴み損ねてしまう”人たちが増えていきそうで怖い。世の中が“早くなった”からといって個々の“倖せ”が早く掴める保証はないのだ。
2026-06-05
旧村上ファンドの代表・村上世彰氏の長女で“フジテレビの株”買い占めで俄然、世間的な注目を浴びた野村絢氏だが、現在はフジテレビのライバルともいうべき“テレビ朝日の株”を大量買いしていることが最近の報告書から明らかになった。昨年9月まで記載がなかった大株主の欄に、それ以降の大量買いで、その名が第8位として登場したからだ。こういうマスコミ関連の株というのは、大体がその関連会社や関係者が“その株”の多くを保有する。だから本来であれば、あまり急激には動かない。ただ安定している分「その財源を眠らせたままにしている」として海外の投資ファンドなどから狙われやすい。先のフジテレビの場合、結局、村上氏側に対して“或る程度の妥協案”で応じた形のようだ。もちろん、それによって村上氏、いや野村氏側は短期間で莫大な富を得、次の標的であるテレビ朝日の方にターゲットを移した…かのようにも視える。このように書くと、まるで野村絢氏が“悪徳ファンド”のように思う方がいるかもしれないが、それは違う。あくまでも企業そのものの“資産の活かし方”を提案し、それによって株価も上昇し、企業そのものも活性化していく…というのが本来の趣旨だ。もちろん、それらを知って、一般投資家も追従して“その株”を保有すれば、ほとんどの場合にはその上昇分の“利益”を得られるようになる。或る意味では「この株はもっと上がりますよ」と無言ではあるが世間に広報してくれているようなものだ。そういう意味では、大昔は村上氏のような投資家を「総会屋」と呼んだ。株式総会の時に目立った発言をして注目されるからだ。そして“荒れた株式総会”を嫌う企業側は、その総会屋の人に前もって“違法な金銭交渉”を行ったりした。正直、そんな時代のことを私は詳しく知らないが、わたしの好きだった小説家の黒岩重吾氏は元々が証券会社に勤めていた方であるから、その辺の事情に詳しく、よく小説内で取り上げていたものだ。考えてみると、黒岩氏は病み上がりの時期に“トランプ占い”で生計を立てていたこともある。その外貌も少しだけ私に似ていたので、より親近感を持っていた。古代史にも精通していて、その時代を描いた小説も多い。もう、黒岩氏が亡くなってどれくらいになるのだろう。
2026-06-04
結婚相談所を運営していた「Blanc(株)」が破産申請を出した。この相談所は、婚活サービス大手といわれる「IBJ」のネットワーク下にあって結婚相談所を経営していたようだ。ところが最近は入会者との間でトラブルが生じて、それがSNSなどで拡散化されていたようだ。元々、一つの企業として捉えた場合、結婚相談所には“零細な企業”が多い。したがって、今のような時代に入会者との間で金銭トラブルなどが生じると、それが致命傷となりやすい。いまのような「結婚」そのものが必然の環境ではなくなった状態の中で、またあらゆる情報が瞬時に拡散化されやすい時代に、昔ながらの“会員制商売”というのは難しくなっている。おそらく入会の段階で、それなりの入会金とか毎月の維持費とか紹介料とかを、その相談所と結ぶだけでなく、何らかの金融機関のローンに連動するような形になっているシステムではないだろうか。詳しいことは解からないが、この種のシステムというのは、エステや脱毛美容などでもそうなのだが、昔から何かとトラブルが生じやすい。しかもその結果、泣きをみるのは入会者だけでなく、その入会書類にサインさせた企業側も、結局は評判を落として社会的なバッシングを受けたりする。大きな金額になる可能性ある金融ローン的な契約は、元々収入が乏しい人たちと行ってはいけないのだ。経済的に余裕のある人は、いったん契約したものに関しては、後からどうこう言うようなことはほとんどない。けれども経済的に余裕がなくて、余裕がないのに“願望を叶えたい”気持ちの強い人たちは、あとになって「そんなことは知らなかった」とか「そういう風には聴いていなかった」とか何かと“難癖”を付けやすい。また、どういうものか“逆恨みしやすい”傾向もある。だから、本来であれば「結婚を望んでいる人たちのお手伝いを出来れば…」という崇高な気持ちで始めた事業でも、徐々にカップリングがなかなか成立できないと、相談所側も、入会者側も、双方ともあれこれと注文が多くなる。そうして徐々に入会者との間に亀裂が生じてしまったりする。結局、結婚というのは、条件的なものだけで成立できるものではない。この種のトラブルや、その結果としての破産申請は、残念ながら今後も多くなっていきそうな気がする……。
2026-06-03
今年は偉大なる建築家ガウディの死から100年になるという。その没後100年を記念してサグラダファミリアに「イエスの塔」が誕生する。その完成披露の中継をNHKが世界で唯一独占映像放映が許可となったらしい。NHK自体が、この放映に力を入れていることは、その関連番組を特別番組として三つも用意していることでもわかる。どういうものか、NHKは昔からサグラダファミリアに御執心で長期密着取材を続け、これまでにもことあるごとに現場から特別放映を行ってきた。ということは、それだけ日本の特に高齢者たちにサグラダファミリア観光を好む人たちが多いということかもしれない。日本人の場合、ほんとうの意味でのキリスト教徒は少ないので、ほとんどの人達は信仰心から好むのではなく、上手く言えないが或る種の“魂の拠り所”として、この建築物を好む人が多い。つまり、その芸術性と、精神的な崇高性、建築物としての巧みさ、或る種の癒し……とにかく奇妙なほど日本人好みの建築物なのだ。考えてみれば、多くの日本人というのは、こと宗教に関しては“中途半端な民族”だ。日本人全体として観れば、純粋なキリスト教徒などほんの数パーセントにすぎない。では「神道」が日本人の宗教なのだろうか。確かに、毎年神社を訪れる人は多い。各地域に各種の神社も多い。正月は殆どの人が神社に出向く。だが、冠婚葬祭で神道式を採用している人は驚くほど少ない。神前結婚など滅多に視ないではないか。では仏前結婚の方はどうかといえば、これも特定の宗教に属している人以外は、ほとんど行わない。但し、こと葬式に関しては“仏教徒的な葬式”を行う人は多い。葬式といえば、お坊さんを連れて来る…などするからだ。イスラム教はどうかといえば、こちらはもっと少数派で、まあ普通の日本人でイスラム教徒であると言えば、何かしらの事情があるのかな…と誰もが思う。そういうわけで、日本人というのは、宗教的には“よく解からない民族”なのだ。ただ、ここが面白いところで、それでは信仰心が乏しいのかといえば、そうではない。むしろ、大々的に宗教を掲げている国の人々よりも、宗教的な意識や考え方を重視する“生き方”をしている民族なのだ。だから、そういう意味ではNHKが世界で唯一サグラダファミリア側から許可を得た…というのも不思議ではない。さて、NHKは我が「日本」にイエスを降臨させることが出来るだろうか。ただ、わたしは思うのだ。イエスはずっと貧しかった。みんなでパンを分け合うのも……ちょっとなぁ。
2026-06-02
最近、人生相談、就職相談、結婚相談の分野でも、じわじわ普及し始めているのが「AIの助言・回答」だ。確かにAIというのは、いったん使い始めると“自分仕様”に変化していく性質を持っているので、まるで親友でもあるかのように、自分の気持ちを理解した助言を与えてくれる。実は、ここに問題点があるのだ。ところが多くの人達は、その問題点に気付いていない。というか気付こうとはしない。なぜなら、親友だってそうだが、常に“こっち側に寄り添った助言”をしてくれると嬉しい。こっち側に寄り添った助言というのは、だれだって“心地良い”ものだが、ほんとうの意味での客観性には欠けている場合が多い。つまり“落とし穴”を持っているのだ。そういうことを判らせてくれるような体験者の事例が増えてきている。つまりAIの助言を信じて、それまで長年勤めてきた会社を辞め、転職しようとしたのだが、予想以上に難しく、希望条件を落としてやっと採用されたが、年収が200万も減ってしまったという事例などだ。実は占い師でも、AIと同じように“相手側に寄り添った回答”を示してくれる占い師が、特に女性の癒し系占い師の場合は、圧倒的に人気を掴みやすい。必ずしも、ほんとうに“運勢から視ての正しい回答”を示してくれる占い師が人気となるわけではない。なぜなら、たいていの人の場合、占いは自分の運気が低迷している時に“助言を求めて”いく場合が多い。そういう時に、必ずしも本人にとっての“心地良い回答”は得られないのが、本来の“運勢回答”なのだ。だから、いつでも“心地良い回答”をしてくれる占い師というのは、ほんとうは“信頼に値するか”疑問なのだ。まあ、精神的な癒しを求めている場合には、それで良いのだが……。AI回答というのも、基本的には“それ”と同様なのであって、常に“心地良い回答”を与えてはくれるが、必ずしも、それが“適切な回答”とはなっていないのが難しいとことだ。ところが、AI助言があっという間に普及したのは、この“心地良い回答”が求められるからだ。そこでいつの間にか、人生上の重要な出来事なども相談していくことになる。そして、ここからがもっと重要な点だが、AI助言というのは、基本的に無責任なのだ。なぜなら“責任感”というものが組み込まれてはいないからだ。その人の今後の人生を本気で考えたなら、やたらに奨められない事柄でも、本人が“望んでいる”場合には、そちらの方を選択するよう回答していく。無責任であると同時に、当然のことながら“本人の運勢”等お構いなしだ。こうして、AI回答・AI助言に“後悔する人々”がどんどん増えていく。
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