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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「政府・警察」まで加担する韓国「大学受験病」


国民性というのはいろいろなところに出るもので、韓国の場合、もっとも象徴的なのは“その大学受験風景”において出る。日本人であっても、大学受験が“その後の人生”に多少なりとも影響を与えることは認めるところだが、かといって、それで人生のすべてが決まってしまう……などという愚かな考えを持っている人は滅多にいない。ところが韓国の場合は“そういう考え方”が、あたかも正論のようにまかり通っている。韓国ドラマでは、そういう感じの場面がしばしば描かれるが、ドラマとして視る分には大変に面白い。ただ本気でそういうふうに考える人たちが大多数なのは、ちょっと心配になる。まあ、インドのように受験生の親や兄弟が受験している学生たちに、ビルを攀じ登ってカンニングペーパーを手渡しする映像は論ずる以前の問題で、そういう点から言えば、まだ韓国の方が救われる。とはいうものの、韓国の方も受験日の一定時間は、騒音の響く仕事はストップするとか、交通規制が掛かるとか、遅れそうになった受験生をパトカーが先導するとか……よその国では考えられないような“超過保護ぶり”が際立つ。そういう形で“大学受験”というものを或る種“神聖視”している。なぜ、こういうような“いびつな発想”が生まれるのかというと、韓国社会は学歴重視社会で“名門大学を出ていること”が、その後の人生を決定づけるような仕組みになっているからだ。しかも、それを正そうという気風が視えない。大学でトップの成績が、そのまま社会でトップの成績や人生となるかは大いに疑問であり、日本の場合には高卒であるとか中卒であるとか関係なく、社会的に成功している人はいくらでもいる。実際、頭が良いとか成績が良いとかが、そのまま仕事上での成績や結果に比例するとは限らないし、幸運な人生とも限らない。韓国の大学受験生への過保護ぶりは、或る意味で“人間性を軽視している”ことの証しで、そのせいかどうかは断言できないが、若者の自殺者が多い特徴がみられる。人生は長い。十代後半とか、二十歳前後での一時期で、それも学力だけで、人生のすべてや幸福など決まるものではない。むしろ、学力だけで評価しすぎると、人間性が育たない弱点が生じやすい。実際、韓国のトップである大統領には、その後になって犯罪者として摘発された人物があまりに多い。教育ということの本質を忘れると、成功の階段を駆け上がることは得意でも、いざ何かに躓いた時、どうすべきか知らなすぎる人物になってしまうのではないだろうか。
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