「single-blog.php」* 有料カテゴリ:「今日の迷信・余言・禁言」は月額1,200円で読むことが出来ます。// ざっくりとは終了 // Header画像を変更する事

今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


実は「神様同士の戦い」で、どっちが勝つのか


日本人の感覚からすると、なかなか理解できないのが「停戦したけどしていない」という形でのイラン戦争の再開と、どちらも神に誓っての「引くに引けない戦争」という部分だ。だいたい、イランとイスラエルというのは大昔から“戦い続けていて”トータルで言えば2000年間も戦い続けていて、だから「和平」とか言っても、その根本では難しいのが現実なのだ。一番の難しさは、双方(本当はイランとイスラエルだが、これにアメリカも加え)いずれも“宗教の違い”がその背景としてある。イランは紛れもなくイスラム教国家だ。イスラエルはキリスト教国家だ。そして、アメリカも、トランプ氏は熱心なキリスト教信者だ。つまり三者とも“神様”が背後に付いている。だから、負けることは出来ないのだ。なにしろ、大昔から、これら宗教の発祥の頃から、神様同士は仲が悪かったようで、旧約聖書には「わが神、わが神、敵を蹴散らしてください」というふうな表記が頻繁に出てくる。この場合の「わが神」というのは、もちろん自分たちが信じている神様なのだが、ここが重要なのだが“戦いの神”でもある。決して、日本人的な感覚で視てしまいそうな“平和をもたらす神”ではない。戦いの神で、敵を懲らしめる神で、だからこそ、わが神に誓って“負けること”は許されないのだ。なぜなら、わが神の力添えで“勝利した者”こそ、神の祝福と、死後における“永遠の幸福”を得ることが出来る。この基本的な考え方は、実はイスラム教も、キリスト教も、その本質は同じなのだ。厳密に言えば、キリスト教は「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさい」で“争いごとを嫌う”教えだが、それは“イエスの教え”であって、その根本にある「旧約聖書」の“教え”ではない。日本人的な感覚では、キリスト教徒は“イエスの言葉”を信じている人たちのように勘違いしがちだが、実際には彼らの多くは「旧約聖書」からの言葉の方を信じている。その旧約聖書では「目には目を‼」と書いてあるではないか。だから、彼らは……というかトランプ大統領は「やられたらやり返す、徹底的にやり返す」の実践者なのだ。彼は、そういう点で「旧約聖書」そのままの生き方であり考え方なのだ。つまり神様同士の戦いなのだから、どちらも、負けるはずがないのだ……。
「ex-module-past-post-list-01.php」出力:single-post用の過去記事ループ処理

過去の記事一覧今日の迷言・余言・禁言