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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「教員免許」ないまま「校長になった」人の記録


私も知らなかった。学校の校長というのは「教員免許」がなくても“成り得る”職業だったということを。実際、そういう形で校長となって、その顛末を書籍化した『素人校長ばたばた日記』という本が注目されている。教員免許を持たない県庁職員が、公務員辞令の元に県内の商業高校の校長として派遣され、その高校から極力“県内就職率を高めるよう”ミッションを与えられ、それなりに奮闘努力するさまを描いている。まずは誰もが「教員免許を持たなくても校長になれるんだ」という事実に驚く。そして、大丈夫なのだろうか、と不安視する。考えてみれば、校長というのは、謂わば“学校経営者”だ。教員としての資質よりも、経営者としての資質の方が重要なのに違いない。それに、世の中には「教員免許」というものを持ちながら、それを眠らせている人が沢山いる。わたしの母親だって、大昔だが「教員免許」は持っていた。持ってはいたのだが、一度も教壇に立つことはなく人生を終えた。方や、わたしの方は教員免許どころか“正規の学歴”を経ていないのに、十代の時から「家庭教師」として子供たちに勉強を教えていた。それが、わたしの“初めてのアルバイト”だった。奇妙なことには、その子供たちからは信頼され大いに好かれていた。但し教育そのものには熱心ではなかったので、生徒たちの学力は少しも向上しなかった。その後も、わたしは20代半ばからは「占い教室」を始めていて、占い師を希望する生徒たちを募集し、その後何十年も多数の生徒たちを教えて来た。こちらの方も完全に独学であって、何処かの占い学校に学んだとか、有名な先生に習ったとか、そういうことは一切ない。だから、そういう点でいうなら、この書籍の人物のように、免許など持たず、けれども何十年間も“プロ占い師”を養成すべく教え続けてきた。免許を持っていながら、一人も教えず終わった人生もあれば、免許など持っていないが、何十年も教え続ける人生もある。わたしの場合、個人的に教えるだけでなく、大勢の人たちを対象として、しかも入門書としてではない、どちらかといえば専門書に属する形での“占いの教科書”を何冊も書いて来ている。それも一つの分野だけでなく、西洋式、東洋式のさまざまな占術分野に関してだ。それを考えると、結局、何の分野であれ「免許」とか「卒業証書」とか、仕事そのものには何の関係もない。基礎知識は必要だが、それを活かすか殺すかは、本人の意識や腕に掛かっているのだ。
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