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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


「寛容さ」「多様な観方&考え方」否定の現代


所ジョージ氏がMCのバラエティー番組で、イランで“古くからの風習”として今も行われている“結婚の習わし”を扱ったところ、それが思わぬ反響を呼んでいるようだ。番組内では、父親を亡くしている家族を扱い、まだ14歳の長男が父親の“身代わりのような形”で家族を仕切る。その家族の中で最初に嫁いでいた長女が亡くなり、3歳の男児が義父の元に遺された。そこで、古くからの風習として、妻を亡くした人物は、その妻の妹を“嫁に貰う”のがイランでは一般的だったようだ。そこで親戚たちが代わる代わるやって来て、双子の妹のうちどちらかを“後妻として嫁がせる”よう説得しようとする。けれども、14歳の長男は頑としてそれを拒否する。「妹たちはまだ12歳で、結婚するには早すぎる」と主張する。もっとも、その妹たちは「お嫁さんになっても良いよ」と比較的乗り気のようなのだ。母親は“遺された3歳の孫”が気掛りのようで「どうしてよいかわからない」と途方に暮れている。イランの風習の中で、わたしが注目したのは、まず“家長絶対”という考え方にある。本来であれば、兄と言ってもまだ14歳なのだから“家長”としては心もとないような感じだが、イランにおいては家長の考えは“絶対”のようで、大人たちも皆、その言葉を一応尊重するのだ。本人が「嫁いでも良い」と言っても、まずは“家長”がOKを出さなければ、結婚として成立しない仕組みになっている。結局、番組の後取材で、この家族の妹たちは“結婚”ではなく“学校”を選択したことが伝えられた。ただ、番組内では出演者たちのさまざまな感想や意見が取り上げられたが、その中で、発した所ジョージ氏の感想が「現代にそぐわない」としてネット上で猛反発を食らっているという。「日本」の“令和の時代”の発想としては「12歳での結婚などありえない」「姉の後妻としての結婚などありえない」「バラエティー番組として扱う問題ではない」ということなのかもしれないが、どうしてネット民は、すべての日本人を“令和の正しさ”“日本人的な正しさ”“世界的潮流に沿っていること”に統一しようとするのだろう。実際には今から百年前の日本人だって、似たような発想を持っていた。男性が戦争に狩り出されている間に、妻が亡くなった場合、その妹を“後妻として嫁がせる”ということが平然として行われていたのだ。その当時の日本人たちは“それ”に対して違和感を持っていなかったようなのだ。時代が変わり、地域が変わり、宗教が変われば“何が正しい”のかも変わってくる。一つの考え方だけを、あまりにも絶対視する「今の日本」は、ちょっと危険かもしれないのだ。
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