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今日の迷言・余言・禁言

未来と運命に対するヒントがいっぱい


“若い頃”を想い出させる「白い雪」と「黒い雪」


3月から4月にかけて、北国では“化粧のような雪”が降ることがある。つまり気温が上がって、路上の雪が溶けだして時間が経つと、それはどんどん“黒っぽく”なる。白かったはずの雪が黒くなっていくのだ。正直、あまり美しくない。ところが、その黒っぽく変色した雪の上に、再び、季節外れの雪が降り積もることで、溶け切らなかった雪は再び“白さ”を取り戻す。完全な「白」ではなく、どう視ても“不完全な白”なのだが、それが季節を必死に“押し留めている”かのようで妙に味わい深い。そういえば、それはどこか「死化粧」にも似ている。死者の顔に対して施す化粧のことだ。多くの場合、人はこの“死化粧を施された顔”と対面する。だから、生前の時のように愛着が持てる。同じように“黒い雪”は見て見ぬふりをされやすい。こうして季節遅れの雪が降ることで、うっすらと化粧を施し、微妙な白い雪となる。こういう話を書いていると、わたしは自分の大昔の作品のことを想い出す。その頃、わたしは『抒情文芸』という雑誌が好きで、よく購入していた。その雑誌は、どの書店にも置かれているメジャーな雑誌ではなく、ひっそりと置いてある書店も存在する類のマニアックな雑誌だった。小説も載せられていたが、どちらかといえば“投稿詩”が主体の雑誌で、それも若いアマチュア詩人とでもいうか、そういう人達が投稿している“抒情詩”で成り立っている雑誌だった。わたしは時々その雑誌に抒情詩を投稿した。そして、その多くは掲載された。ただ、いつの間にはその『抒情文芸』は書店からも消えていったし、わたしの書棚からも消えていった。ただ、その雑誌に掲載されていたいくつかの詩の中の断片は、未だに憶えている。そういう意味でも、あの頃と、あの雑誌は、とても懐かしい。わたしが掲載した作品の中に「黒い雪」というのがあった。だから、今日、想い出したのだ。どんな作品だったか忘れてしまったが、なぜ「そのタイトルにしたのか」は鮮明に記憶している。当時、暮らしていた室蘭は、文字通り“黒い雪”となりやすい街だった。元々鉄鋼の街で黒煙が上がりやすく、そのため、路上の雪もすぐに黒くなってしまう。札幌のように時間が経って黒く変色するのではなく、翌日には“黒くなっている”のだ。わたしは、そういう街から早く逃れたかった。そういう想いが「黒い雪」を書かせたのだ。
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