人にはそれぞれ“こだわり”というものがある。なぜ“それ”にこだわるのかは、本人にしかわからない。その代表的なケースが、一ヶ月半以上もの間、逃走し続けた樋田淳也容疑者の“入れ墨”である。彼はふくらはぎの部分に“打ち出の小づちを持つウサギの姿”を彫っていた。この奇妙な入れ墨は、実は国宝に指定されている「鳥獣人物戯画」に含まれている画像なのだ。この鳥獣戯画自体が“謎の国宝”で、だれが何の目的で描いたものなのか、未だに判らない。したがって、その一部を彫り込んだ人物の気持はもっとわからなくて当然ともいえるが、結果的に“その画像”が樋田容疑者逮捕のきっかけとなった。実は「道の駅」で捕まえた補導員も、通報されてやって来た警察官も、逃走犯として全国に指名手配されていた樋田容疑者とは気付いていなかったのだ。単なる万引き犯として、大人しくしていれば“情状酌量”となった場面だったのだ。ところが“強引に逃げようとした”ので警察に通報されることになった。やって来た警察の方も、ただの万引き犯として少し署内でお説教してから帰そうか…という雰囲気でしかなかった。ところが、樋田容疑者は執拗に手指でふくらはぎを隠した。だから警察官は怪しんだのだ。その手指をどけさせると“特異な入れ墨”が表れた。それで「ひょっとしたら…」ということになったのだ。もし、樋田容疑者が自ら手指で執拗に入れ墨を隠さなければ、逮捕になど至っていなかったのだ。それは、あまりにも手配写真と現在の本人とが違っていたからだ。いつも思うのだが、手配写真というのはかえって“逆効果”になる場合が多い。逃げ続けていた樋田容疑者は真っ黒に日焼けし、写真とは別人の容貌に変わっていた。だから気付かなくて当然だったのだ。多分、ふくらはぎだって日焼けして、よくよく見なければ“打ち出の小づちを持ったウサギの姿”だと分からなかったに違いない。樋田容疑者は自らを“隠そう”として、反って“自分が樋田淳也だ”と告げていたようなものである。それにしても“打ち出の小づちを持ったウサギの姿”はあまりにも特殊で、特定の“決め手”となる。彼はどうしてそんな「国宝」を自らに彫り込もうと思ったのだろう。単にウサギが野原を駆け抜ける画像にしておけば、逃げ続けられたかもしれないのに…。
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